374 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:06:14 ID:Rv.6c.L1
俺はいわゆる恥かきっ子で、両親がギリギリ40代の時に生まれた。
聞くところによると、母が肥満をこじらせて妊娠に気付かなかったらしい。
そして20歳年の離れた姉がいる。
世間ではよく“年をとってから生まれた子は可愛い”なんて言うが全くそんなことはなく
「欲しくて産んだわけじゃない」「予定外の金がかかる」とよく言われ
姉からは「恥ずかしから友達の前で声を掛けないで」などとも言われた。
そんなふうだったが、高校1年の時に三者会談で母親の様子を見た担任の先生から
「あなたはこんな家庭環境でもしっかり勉強できる子なんだから、高校3年の間にうんと勉強しなさい。
そして一生物の資格をなにか一つ取りなさい。自分を守れるのは自分だけよ」と言われ、
色々と相談に乗って下さった。
375 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:06:32 ID:Rv.6c.L1
この時期に良い先生に恵まれたのは俺の人生で最も大きな幸運であり財産だったと思う。
両親には当然大学進学を反対されたが、奨学金を借り先生の祖母さんが経営している古いマンションの一室を
出世払いでと貸して下さり、アルバイトで生活費を稼ぎながらどうにか大学を卒業することが出来た。
在学中に行政書士の資格を取得し税理士事務所に就職。
この頃は仕事を覚えることに必死で実家に帰ることは殆どなく、かといって実家側から連絡が来ることもなかった。
姉に至っては、結婚はしたようですが俺には連絡がなく知人経由で知った次第で
そんなにも俺のことが恥ずかしいのかと思い、もう姉のことはどうでもいいやと思い、連絡先から姉を削除した。
376 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:07:12 ID:Rv.6c.L1
28の時に同じ事務所の同僚女性と結婚。
両親には一応報告はしたが、詳細は何も聞かれなかったのでこちらからも話さなかった。
俺にとって幸いだったのは彼女のご両親に婚約の挨拶に行った時に、ずいぶん迷ったが
俺の家庭環境や実家や家族と疎遠にしてることを話し、理解を得られたことと
彼女が披露宴と言うものにあまり執着が無かったことだった。
俺達ふたりと彼女の両親、それに俺の親の代わりに高校時代の先生が出席してくださり、6人だけで教会で式を挙げた。
先生が「頑張ったね、頑張ったね」と涙を流して喜んでくださったのは本当に嬉しかった。
377 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:07:43 ID:Rv.6c.L1
そして結婚した翌年、母が亡くなった。
心筋梗塞だったらしいが、姉が全て判断して取りしきって直葬。
連絡が来たのは「某火葬場へ来い」と言うものだった。
父も姉も淡々としたもので
この時に一度だけ父から声を掛けられ、「どんな仕事をしてるんだ」と聞かれ「普通の仕事」とだけ答えた。
答えたくないのが伝わったのか「そうか」とだけ返ってきた。
更にその翌年には父も亡くなった。
母の時も父の時も、姉から「あんたはまだ若いんだからこれからしっかり働いて生活していけるでしょ」と
相続放棄を求められ、今後俺に関わらないならと了解した。
378 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:09:53 ID:Rv.6c.L1
ちなみに相続財産は父の時も母の時も基礎控除額以下だったので手続きの必要はない。
小さな生命保険には入っていたが、姉“のみ”の受取になっており、かえって吹っ切れた。
父にとっても母にとっても俺は本当に“いらなかった”んだろう。
そしてラスボスと言うか、姉も先月亡くなった。
とっくの昔に離婚していて、子供もいなかったらしい。
警察から遺体引き取りの連絡があったが拒否した。
やっと心の隅っこにあったシコリが取れた気分だ。
379 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:10:04 ID:Rv.6c.L1
淡々と書いてるように思うだろうが、ここに来るまで何度も泣いた。
嫌なことを忘れる為に狂ったように泳ぎまくったこともあった。(市民プールで)
存在を否定されるって本当に苦しい。
それを救ってくれたのが妻の存在だ。
そして義父母の存在だ。
今では、息子と娘と言う存在も加わった。
高校時代、あの先生と出会わなかったらきっと今の俺はいない。
感謝しかない。
380 名無しさん@おーぷん 25/03/23(日) 17:12:01 ID:4X.ad.L26
>>379
良い先生と良い結婚相手に恵まれて良かったね
かわいいお子さんもいるようで何より
自分の家庭と家族を大切に生きていって下さい
あなたの未来がより良い事を願います
俺はいわゆる恥かきっ子で、両親がギリギリ40代の時に生まれた。
聞くところによると、母が肥満をこじらせて妊娠に気付かなかったらしい。
そして20歳年の離れた姉がいる。
世間ではよく“年をとってから生まれた子は可愛い”なんて言うが全くそんなことはなく
「欲しくて産んだわけじゃない」「予定外の金がかかる」とよく言われ
姉からは「恥ずかしから友達の前で声を掛けないで」などとも言われた。
そんなふうだったが、高校1年の時に三者会談で母親の様子を見た担任の先生から
「あなたはこんな家庭環境でもしっかり勉強できる子なんだから、高校3年の間にうんと勉強しなさい。
そして一生物の資格をなにか一つ取りなさい。自分を守れるのは自分だけよ」と言われ、
色々と相談に乗って下さった。
375 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:06:32 ID:Rv.6c.L1
この時期に良い先生に恵まれたのは俺の人生で最も大きな幸運であり財産だったと思う。
両親には当然大学進学を反対されたが、奨学金を借り先生の祖母さんが経営している古いマンションの一室を
出世払いでと貸して下さり、アルバイトで生活費を稼ぎながらどうにか大学を卒業することが出来た。
在学中に行政書士の資格を取得し税理士事務所に就職。
この頃は仕事を覚えることに必死で実家に帰ることは殆どなく、かといって実家側から連絡が来ることもなかった。
姉に至っては、結婚はしたようですが俺には連絡がなく知人経由で知った次第で
そんなにも俺のことが恥ずかしいのかと思い、もう姉のことはどうでもいいやと思い、連絡先から姉を削除した。
376 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:07:12 ID:Rv.6c.L1
28の時に同じ事務所の同僚女性と結婚。
両親には一応報告はしたが、詳細は何も聞かれなかったのでこちらからも話さなかった。
俺にとって幸いだったのは彼女のご両親に婚約の挨拶に行った時に、ずいぶん迷ったが
俺の家庭環境や実家や家族と疎遠にしてることを話し、理解を得られたことと
彼女が披露宴と言うものにあまり執着が無かったことだった。
俺達ふたりと彼女の両親、それに俺の親の代わりに高校時代の先生が出席してくださり、6人だけで教会で式を挙げた。
先生が「頑張ったね、頑張ったね」と涙を流して喜んでくださったのは本当に嬉しかった。
377 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:07:43 ID:Rv.6c.L1
そして結婚した翌年、母が亡くなった。
心筋梗塞だったらしいが、姉が全て判断して取りしきって直葬。
連絡が来たのは「某火葬場へ来い」と言うものだった。
父も姉も淡々としたもので
この時に一度だけ父から声を掛けられ、「どんな仕事をしてるんだ」と聞かれ「普通の仕事」とだけ答えた。
答えたくないのが伝わったのか「そうか」とだけ返ってきた。
更にその翌年には父も亡くなった。
母の時も父の時も、姉から「あんたはまだ若いんだからこれからしっかり働いて生活していけるでしょ」と
相続放棄を求められ、今後俺に関わらないならと了解した。
378 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:09:53 ID:Rv.6c.L1
ちなみに相続財産は父の時も母の時も基礎控除額以下だったので手続きの必要はない。
小さな生命保険には入っていたが、姉“のみ”の受取になっており、かえって吹っ切れた。
父にとっても母にとっても俺は本当に“いらなかった”んだろう。
そしてラスボスと言うか、姉も先月亡くなった。
とっくの昔に離婚していて、子供もいなかったらしい。
警察から遺体引き取りの連絡があったが拒否した。
やっと心の隅っこにあったシコリが取れた気分だ。
379 名無しさん@おーぷん sage 25/03/23(日) 15:10:04 ID:Rv.6c.L1
淡々と書いてるように思うだろうが、ここに来るまで何度も泣いた。
嫌なことを忘れる為に狂ったように泳ぎまくったこともあった。(市民プールで)
存在を否定されるって本当に苦しい。
それを救ってくれたのが妻の存在だ。
そして義父母の存在だ。
今では、息子と娘と言う存在も加わった。
高校時代、あの先生と出会わなかったらきっと今の俺はいない。
感謝しかない。
380 名無しさん@おーぷん 25/03/23(日) 17:12:01 ID:4X.ad.L26
>>379
良い先生と良い結婚相手に恵まれて良かったね
かわいいお子さんもいるようで何より
自分の家庭と家族を大切に生きていって下さい
あなたの未来がより良い事を願います