890 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2007/02/25(日) 23:00:15 ID:Oy4YvUW7
月曜日の通勤電車の中で、俺は一人硬直していた。
先週の金曜日の帰宅間際、1ヶ月かけて作り上げたCADデータを誤って消去して
しまった。バックアップもない。上司や同僚はこのことをまだ知らない。
今日が納品の日、もうどうすることもできない。もうお終いだ。
この週末は、どうすればよいかわからず、夜もロクに寝られなかった。

やがていつもの下車駅に着き、俺はフラフラとドアへ向かった。
酷く動揺していたせいか、ホーム降り際に誰かに背中を押された弾みで転んだ。
ふと足元を見ると、靴紐が切れていた。
その時、俺の頭の中でも何かが切れた。
「逃げよう」
俺は次に来た電車へまた乗り込み、携帯の電源を切った。しばらく放心状態だった後で
幼い頃に家族で行った、紅葉が綺麗で有名な町をなぜか思い出し、無性にそこへ
行きたくなった。

ローカル線を乗り継いで車窓をぼんやり眺めているうちは、多少気分が晴れたが
その町に着く頃には日も傾き、今頃会社でさわぎになっているだろうと考えると、後悔の念と
焦燥感でアタマが割れそうだった。
もはやこの先の人生に何一つ良い事などないように思えた。

駅前の商店街で、俺は焼酎とビニール紐を買った。
微かな記憶を頼りに、昔行った町外れの山中にある展望台の方へ向かう頃には
ほとんど日が落ち、山おろしの冷たい風が頬を鋭くさした。
展望台への入り口に差し掛かった時、子連れの家族とすれ違った。
その時、「今日は温泉に入ったら美味しいご馳走食べるんだもん」と子供が
楽しそうに話すのが聞こえた。
それを聞いた瞬間、ふと頭に両親の顔が浮かんだ。
俺は立ち止まった。溢れる涙と嗚咽を堪えるに必死だった。

俺はポケットの中のビニール紐を握りしめ、またゆっくりと歩き始めた。