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親父



我が家は月に一度、達人の本格江戸前寿司を味わえる

958 名前:名無し職人 投稿日:03/04/20 08:57
突っ込みレスばっかりになってきたなぁ・・・
建前は実話だけどネタ話も少なくないんだからさぁ
かるぅ~く流そうよ

・・・というわけで俺のマジ実話

うちの親父はかなりボケが進み 脳味噌プリン状態
息子である俺の顔もわからんようだが台所に立たせると
スイッチが入ったかのように豹変し、マシーンのように一切無駄な動きをせずに
酢飯の仕込みから魚の捌きまでを黙々とこなし
現役時代となんら変わることのない熟練の手つきで寿司を握る
その時、親父には家族は客にしか見えてないようで普段のフガフガした口調とはガラリと変わり
威勢のいい声で「へいらっしゃい なに握りやしょうか?」
おかげで我が家は月に一度、達人の本格江戸前寿司を味わえるのであった

初めはボケの進行を抑えるためのリハビリの一環のつもりだったが
さすがは13歳から寿司を握り続ける父
ボケてもなお衰えぬその手さばきには感嘆を漏らすしかなかった
「ホントにあんたは寿司バカなんだねぇ」とは、いつも涙をぬぐいながら寿司を食べる俺の母の談である


俺の学生時代最後の夏休みに、 「岩手に行こう!」と親父が突然言った。

655 名前:1/2[] 投稿日:2007/02/11(日) 15:20:46 ID:YKJ2Piaz
最近の話ではないけれど・・・
親父が泣いたのを初めて見た時の話。

親父とお袋は、共通の友人(以下Aさん)を通じて知り合ったのだそうだ。
お互い住んでいる場所が離れていて中々会えなかったらしいが、
(当時、二人は東京でAさんは岩手)
親父とお袋の結婚式の司会を頼んだほど仲が良い、所謂親友だった。

そんなAさんは、結婚式の数年後、突然病で亡くなった。
その時、妹は生まれたばかりで俺も2才。
親父の仕事も忙しく、社風柄、身内ならばともかく、
友人の、それも遠く離れた所の葬式へはとても行けなかった。

そして約20年の月日が流れ、親父も定年を迎えた。

俺の学生時代最後の夏休みに、
「岩手に行こう!」と親父が突然言った。
その理由は、親父は言わなかったが、お袋がこっそり教えてくれた。
葬式にも出れなかったこと、今まで一度もお参りをしていないこと、
Aさんが亡くなってから、ずっと心残りだったそうだ。
そして承諾。


656 名前:2/2[sage] 投稿日:2007/02/11(日) 15:21:36 ID:YKJ2Piaz
Aさんの生家で出迎えてくれたのは、Aさんのお兄さん夫婦。
こんなに年月が経ってもAさんを尋ねてきてくれる人がいたと、
Aさんのお兄さんも幾分涙ぐんでいた。

そして仏壇まで案内され、親父が仏壇前に座った。
「やっと、会えたな・・・A・・・」
それだけ呟くと、親父が声を殺して泣き始めたのがわかった。
あれだけ教育に厳しかった、あれだけ厳格な、あれだけ力強い親父が、
泣いていた・・・。


そんな俺と妹も今では社会人。
妹は数年前に結婚し、俺も半年後には結婚するだろう。
立派に育ててくれた両親に、あとどれくらいの親孝行ができるのかと、
最近よく考える。
長生きしてほしい。


親父はなんであんなに目敏くて厳しいんだ

567 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/05/16(日) 18:34:21 ID:S/UQ4CuE
我が家の末弟が就職し、現在平日は研修宿舎にカンヅメ、
週末のみ帰宅する生活を送っている。
で、弟が帰ってくるたびに、
脱いだあとのスーツを父がつくづく眺めていることに気づいた。
スーツの内ポケットにうっかり何かいれっぱなしになってようもんなら、
気難しい顔で弟を呼びに行き、型くずれをさせない秘訣について説教をする。
末弟は「なんであんなに目敏くて厳しいんだ」とぼやいているが、
ちがうんだ、父はお前が就職したのが嬉しくて仕方ないだけなんだw
男兄弟は末弟以外スーツ着ない仕事について家を出たせいで
サラリーマンとしてのコツのたぐいを末弟に伝授せずにはいられないらしい。
飲み屋の見つけ方から挨拶の仕方から口を出されるので、
たまに弟は微妙に鬱陶しそうな顔をしているのだが
端から見ている方としては父が微笑ましくて仕方ない。


捨て猫保護して早2年

899 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/18(月) 22:08:09 ID:W5YqT5fT
捨て猫保護して早2年
親父が完璧に骨抜きにされた・・・
ぬこおそるべし!


親父、実は動物好きなんだけど照れくさくて素直に言えないんだね

817 名前:なごみ[sage] 投稿日:2013/01/12(土) 08:49:17.84 ID:NDXWNotU0
ストレートに言うことに照れがあるんだと思うな

うちの親父もそうだった
で、ちょっとへそ曲がり
作業現場で飼ってた子犬(と言っても結構育ってる)の餌と水を
事情があって仕事の合間でいいから何日か見てくれるよう
下請けの自営業者さんから頼まれて、「犬は好きじゃない」とか言ったくせに
えらく可愛がり倒したらしく、その犬は後々も親父の姿を見つけると
ものすごく喜んでうれションしまくるワンコになっていたw

業者さんは親父に頼むしか手がなかったし、犬が好きではないと言われていたので
恐縮しつつ心配しながら帰ってきてみたら、飼い主よりも懐いてるんで苦笑していたな
実は動物好きなんだけど照れくさくて素直に言えないんだね

飼い主ではないけどうれションするほど親父のことが大好きだったから
虹の橋で会えたかなぁ


うちの両親は離婚してる。親父とは正月に30分くらい遭うだけ。

427 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/09/20(木) 21:01 ID:2c8xfDaU
うちの両親は離婚してる。親父とは正月に30分くらい遭うだけ。
人格に問題のある人だから、今でもあまり話したくない。
でも、このスレを読んで泣いた後寝たら、夢に見て思い出してしまった。

小5くらいのとき初めて東京の親戚のところに行った。
親父が駅まで送ってくれたのだけど、早く着きすぎて
買っておいたおやつをふたりでホームで食べたこと。
たしかボンタンあめと、まだ凍っていた不二家ネクターだった。

小学校にあがる前、Gメン75を見ながら
えんぴつとかおはじきとか定規に小さく名前を入れてくれたこと。
母親は字がヘタだから、漏れが「お父ちゃん書いてえ」とせがんだからだ。
漏れは「お父ちゃん」て呼んでたんだ。そんなこと忘れていた。

泣きながら目が覚めたのなんて何年ぶりだろう。
親父の性格も親子の関係も変わらないことは分かっている。
でも、今日の景色はいつもより違ってなぜか生々しく見えたよ。
ここに書いてくれたみんなに感謝。


親父に伝えられなかったこと。

107 名前:大人の名無しさん [] 投稿日:2007/02/12(月) 22:29:20 ID:OKF4KEoM
親父に伝えられなかったこと。

自分が子供のころ親父は厳しかった。自分に非はあるが、なんか悪いことをすると、
力いっぱい引っ叩かれた。冗談ではなく首の骨がおかしくなるんじゃないかと思ったほどだ。
そのくせ、普段仕事ばかりで自分が子供のころ、親父に遊んでもらった記憶はほとんどなく、
子供の目にうつる親父は自己中心的だった。

親父が優しかった思い出はあまりないけど、小学校低学年のころ道端で犬の糞をふんで
近所の子供に馬鹿にされて、悔しくて泣きながら家に帰ったことがあった。たまたま母親
がいなくて、たまたま家にいた親父は、自分の糞まみれの靴と足を何も言わずに洗ってくれた。

高校に入る頃には親父の押し付けがましい考え方が嫌で、なるべく顔を合わせるのを避けるようになった。
高校時代さして成績がよかった訳でもなかったが、卒業後は多浪して大学にすすみ、親父と同じ職業に就くことを選んだ。
今にして思うと、親父と対等になりたかったのかもしれない。

俺が親父と離れた土地で就職、結婚して家庭をもち何年かたった頃、親父は病気になった。何度か見舞いに行ったけど、
相変わらずの親父の身勝手な態度が許容できず、口喧嘩をして帰ることが多かった。「どうして親父は周りの人間の苦労や
、迷惑を省みないでわがままばっかり言うんだ。」病床の親父にそういって帰った数日後、親父は息をひきとった。

何年か経ったけど、時々親父の夢をみる。口論しているか、親父の具合が悪い時の夢がほとんどだ。たぶん親父が今、
生きていたとしても、やっぱり喧嘩するだろうと思う。ただ、親父の夢をみて朝起きたとき、いつも心に思うことがある。

生きているときに伝えたかったことだ。

今俺が生きているのは、親父のおかげだ。死に目に間に合わなくてすまなかった。
育ててくれてありがとう、心から感謝している。


親父お袋老後は心配すんな。 俺が絶対世話するから。

968 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/11/27 15:27 ID:v7DqLaBV
大学4年の秋だったかな。就職活動でどこからも内定がもらえなくて、
院試にも落ちて八方塞の状態(要するにプー確定)だったとき、
親からの電話で父からは
「一年ぐらいどうってことない。俺は6年かけて大学出たんだ。気にするな」
母からは
「お金のことは心配しなくていい。こんなこともあろうかと積み立てておいた。
 これからゆっくり考えて進路を決めなさい」
と励まされた。電話を切った後部屋で長いこと泣いた。

こんな俺も今では公務員だ…親父お袋老後は心配すんな。
俺が絶対世話するから。


普通以上のところのない親父だと思っていたがやけに大きな男だった

332 :名前が無い@ただの名無しのようだ [sage]:2010/09/29(水) 10:19:46 ID:jpt9XIMvP [p2]
俺と親父は二人別々にドラクエ3をやっていた。
俺がクリアして10日くらい、親父はゾーマ直前で町に戻り「明日のお楽しみ。」とか言ってセーブして寝た。
翌日親父がスイッチ入れたらホント冗談のようなタイミングで冒険の書2(親父の)は消えました。のメッセージ。
俺は言葉もなく見ていたが親父は即座に最初から始める。を選んでいた。
俺ならコントローラーを投げつけHPを0にしていたかもしれないのに、だ。
俺は親父に「ようすぐやり直そうとか思えるね?」(山口弁)と聞いた。
すると親父は特に動揺も見えない声で「また遊べらーや。今度は武闘家つこうちゃる。(使ってやる、の意)」といった。
特に普通以上のところのない親父だと思っていたがやけに大きな男だったんだなと見直し、このアクシデントに感謝した。


こないだ初めて子供とラーメン屋に言ったら、やけにおいしかったらしく

5 名前:名無しさん@十周年[sage] 投稿日:2010/01/09(土) 17:34:07 ID:TEcQM2Xh0
死んだ親父はよく食いに連れてってくれたな
うまいんだけど、親父は食うのが早くて、
食い終わるとじっと怒ったよな顔でオレが食べるのを見てた。
「早く食え」って言ってるみたいでちょっとヤだった。

こないだ初めて子供とラーメン屋に言ったら、やけにおいしかったらしく
ガツガツ食うわ、あせって水飲むし、ちっこい手で丼つかんでスープ飲んでハァハァいってる
可愛かった
そしたら「ねぇなんでじっと見てるん?怒ってる?」

オヤジ・・・・



前妻(死別)の息子が今嫁に「本当の母親じゃない」などと言ってるのを聞いてしまった

437 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2019/11/19(火) 05:34:58.67 ID:l8RBWigX0
前妻(死別)の息子が今嫁に「本当の母親じゃない」などと言ってるのを聞いてしまう
なんとなく想像した事は有ったが実際自分の耳で聞くとやばい
あかの他人から家族をつくった今嫁の苦労を思い出して沸騰し
「そんなに血の繋がりが欲しいなら貴様が出て行け」とバカ息子を実家に追放
当の今嫁は「そこまでしなくても…」などとオロオロして実家に電話している
翌々日首から上の毛を全部剃り上げて息子が詫びに来た
「息子が何て言おうと私は母親を辞めないからねw」だと
バカ息子とバカ親父男泣き、嫁はニコニコ、一番優しく強いのは嫁だった
リビングで嫁がテレビを見てのほほんと笑っている
嫁に貰ったアイブロウで眉毛を書く息子と興味津々の娘
嫁さんありがとう、この幸せが何時までも続きます様に


440 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2019/11/19(火) 07:37:40.49 ID:BRv0VUlw0
なんで眉毛まで剃るんだよw



小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。

221 名前:名無しさん@明日があるさ[] 投稿日:2008/07/12(土) 15:51:26 0
小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった寂しさもあいまって、
俺は飯のたびに癇癪をおこして大泣きしたり、喚いたり、ひどい時には焦げた卵焼きを親父に投げつけたりなんて事もあった。

翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずにちょっとずつわけてもらったおかずと、持っていたお菓子のみで腹を満たした。

弁当の中身は道に捨ててしまった。

家に帰って、空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い、
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、
「全部食ったか、えらいな!ありがとなあ!」
と本当に嬉しそうな声と顔で言った。

俺は本当の事なんて勿論言えなかった。
でも、その後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていた事を親父に言ったわけ。親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して、怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。

さすがに罪悪感を覚えた俺は、気まずさもあってその夜、早々と布団にもぐりこんだ。
でも、なかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父の所に戻ろうとした。流しの所の電気がついていたので、皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、 
親父が読みすぎたせいか、ボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく自分がとんでもない事をしたんだって事を自覚した。でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。

翌朝、弁当の事や今までの事を謝った俺の頭を親父は、またぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残す事は無くなった。


医者から「少しタバコから遠ざかったほうがいい」と言われた

512 名前:番組の途中ですが名無しです[] 投稿日:03/09/05 10:17 ID:DvT37R54
医者から「少しタバコから遠ざかったほうがいい」と言われたので

キセルでタバコを吸うようにした。






俺の親父だよ。


40年近く生きていて初めてオヤジの好物が天ぷらだと知りました。

763 名前:名無しさん@1周年[] 投稿日:2000/06/08(木) 23:50
昨年の元旦。普段たべものの好き嫌いを言わない父が珍しく
「天丼が食べたいなぁ」言い出した。「今日は元旦だから、
今度の日曜日に食べに行こうね」といってその場は終わりましたが
次の土曜日に父は倒れ、2週間後に帰らぬ人となりました。
49日を済ませ、母に「何で正月にあんな事言い出したんだろう」
と聞くと「本当は昔から天ぷらが大好きな人だった。子供に好き嫌い
をするなという手前、あなたたちの前ではそういう事を一切いわない
人だったの」
私は40年近く生きていて初めてオヤジの好物が天ぷらだと知りました。
いまも天ぷらを食べるとオヤジのことを思い出します。


今でもいっしょに酒を飲むとき、親父は妙なつまみを作ることがある。

544 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/05/11(木) 05:23
ちょっと思い出したので、イイ話じゃないけど俺も。

俺がまだ小学1~2年生ぐらいだったかの頃、母がなにかの用事とかで
夜まで帰ってこれないことがあった。
日曜日で親父が家にいて、昼時になったので飯を作ることになった。
いつも仕事ばかりで、たまの日曜でも寝てるかゴルフ見てるかしかない
親父だったので、なんだか妙に嬉しくてはしゃいでいた。
で、出てきたのは黒いさつまあげ。焦げまくっていた。
一口食べると苦くて苦くて、「いらない」って言ったら「食え」って
怒られて、泣きながら食べた。
その次の日曜も親父の料理だったので、俺は憂鬱だった。
「できたぞ」と言うので渋々台所に行くと、明かに「チャーハン」
ではない「焼き飯」が皿に盛られていた。しかもリンゴのかけらがちらほら・・。
見るからに具が怪しい(リンゴと鶏肉等)ので、暗ーい気持ちで口に入れると
なんでか判らんが不思議と美味かった。
しかも、それはあの「クジラ」の味がした。入ってないのに何故か。
恐るべしウチの親父。

今でもいっしょに酒を飲むとき、親父は妙なつまみを作ることがある。
不味い事も多いが、美味い時もある。
その時は、大抵「違う何か」の味がする。恐るべし。


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