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祖父



祖父は定年するまでずっと小さな駅の駅員をしていました。

451 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:27 ID:XKuAreIY
みなさんの泣ける話を読んで涙しました・・・。

私も今は亡き祖父(母方)の話をしたいと思います。
祖父は定年するまでずっと小さな駅の駅員をしていました。
昔はかなり怖くて暴力も振るっていたそうですが、歳をとるにつれて丸くなっていったようです。
自分が休みの日などはいろいろ連れて行ったくれたり、一緒に散歩したりしました。
初めて新幹線に乗せてくれたのも祖父でした。
電車のことなら物知りで、あの電車はね~・・みたいなのが口癖のようでした。
そんな祖父は意外に趣味も多種多様でした。ダンスに音楽鑑賞、花や木を育てたりもしていました。
うちの父とのビールを飲みながらの野球観戦が好きだったようです。
父を見て育つことも多かったのですが、そんな祖父を見て育っていったのも事実でした。

しかし、私が歳をとるとほとんど祖父との会話もなく、祖母、祖父の実家に帰るのがいやで、
留守番して会いに行かないこともしばしばありました。
そんな日がずっと繰り返されて、私も高校を卒業して、都会での一人暮らしをすることになりました。

つづく・・・


452 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:48 ID:XKuAreIY
>>451

続きです。

都会での生活にも慣れだして、都会生活が染み付いてきた夏の日、
親には帰ってこないの?とかいろいろ聞かれましたが、都会生活が気に入っていたので、
その年の夏は実家に帰りませんでした。
今思えば、このときにでも帰っていれば少しはよかったのかもしれません・・・。

冬になり、冬ぐらいは帰っておこうと、実家へ帰宅しました。
そのときに母が、祖父たちのいる里へ2泊ほどして行こうという話になったので、
ひさびさに顔を見せておこうと思い、里へ帰ることにしました。

その時に初めて母に知らされました・・・祖父は体調を崩し、がんになってしまいました。
私は驚きながらも、早く会っておこうと思いつつ、里へ帰宅・・・。
そのときに見た祖父の顔が凄くやきつきました。
やせ細って、以前のような威厳みたいなのを感じることが出来なくなっていたのです。
ほんとに家にいて大丈夫なの?ってぐらいの変化にはほんとにびっくりでした。

このとき、祖父は元気なそぶりを見せ、祖母も驚いていました。
いつもはご飯など食べない(がんになってから)祖父が私たちの前では、一生懸命に口にするのです。

さらに、私と父がビールを飲んでいると、私も飲もうかなと祖父が止めるのも聞かないで、
一緒にビールを口にしました。男三人で飲むビール・・・これが最初で最後でした。


453 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:50 ID:XKuAreIY
>>452

続き最後です。




冬もあけ、私もまた都会生活に戻ったある日、母からの電話・・・祖父の危篤の知らせでした。
あんなに元気なそぶりを見せていた祖父・・・やっぱり無理してたのかな・・・って思いました。
そう考えると、あの日、祖父と会話した事を思い出しました。

それは私の都会生活の話でした。頑張ってるのか?とか久々に二人で話しました。
最後に帰り際、手を振って別れたときの祖父の顔はやせ細った顔がさらにやせ細って見えました・・。

思えば、自分の余命を知ってもなお、私たちに心配させまいと、元気なそぶりをわざと、
見せていたのかもしれません・・・。


その後、まもなくして祖父はなくなりました・・。
男三人で飲んだビールのこと、そして祖父と俺、頑張る!って約束したこと・・わすれません。

おじいちゃんありがとう。


海で沖に流されて溺れた。助けに来た祖父がまず俺をボコボコに殴ってきた。

594 おさかなくわえた名無しさん sage 2021/09/20(月) 13:44:44.12 ID:NmXkZqs3
ガキの頃に海で沖に流されて溺れたことがあるんだけど、祖父が助けに来てくれたんだがまず最初に溺れてる俺をボコボコに殴ってきた。

最近先代の人間国宝の柳家小さんのCD聞いてたら「溺れてる人間に不用意に近づくと掴まれて自分も溺れるからまず最初にボコボコに殴って弱らせてから助けるのが正解」という枕を話してボコボコに殴ってきた意味を知って衝撃を受けたわ。


601 おさかなくわえた名無しさん 2021/09/21(火) 15:04:44.93 ID:3gRj4ckr
>>594
良い爺さんだな良い爺さんだな
80年代の初めに、子供とその父親が亡くなった水難事故があった

3歳だか4歳だかの子供が溺れて、父親が救助に行った。
前から抱き留めたらパニックになってた子供が全力でしがみついて、親父も溺れた
親父さんは小さい頃から水泳教室に行ってて泳ぎが得意だったそうだ。

俺の地元だと、溺れた奴を助けるときは殴って大人しくなってから助けるか、
救助者が潜って後から抱きかかえるようにして首に手を掛けろ
(体重差がある場合、体の上に載せて背面泳ぎで助ける)
と言われている。その時に、「空見ろ!」って怒鳴って答えさせるとなお良し。といわれてるぞ


祖父は亭主関白。 仕事大好きで、唯一の趣味がタバコと野球観戦だった。

744 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/07/30(木) 22:20:15 ID:LE3KPtkbO
この間法事があり懐かしくなったので書き込む。

中学2年生のとき、祖父が亡くなった。
普段は無口で、昔の人だから亭主関白。
仕事大好きで、唯一の趣味がタバコと野球観戦だった。
子供(私の父や叔母さん)にとってはめちゃくちゃ怖い父親だったらしいけど、
初孫の私のことは溺愛していて、すごく心配性で優しいおじいちゃんだった。
私もそんなおじいちゃんが大好きだった。
ベビースモーカーだからか肺とか呼吸器系をやられてしまって、咳とかひどくて、夜もあまり熟睡できてなかったらしい。
でも病院が大嫌いな人だったから、治療をほとんど受けず
「そろそろ強制的にでも入院させないと…」と家族が医者から言われてたところで、コロッと逝ってしまった。

その日は夏休みの途中の登校日で、私だけがおじいちゃんの最期を看取ることができなかった。
学校から帰ってきて愕然とした。
前日まで自分で車を運転して仕事場へ行ってたのに、こんな急に亡くなるなんて。
身近な人の死に接したのは初めてだった。


続きを読む

遊びに行こうとしたら祖父が 「どこ行くの?」と聞いてきたので

54 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2008/08/21(木) 14:52:55 ID:zveyQfgJ
流れ読まず投下w

高校のとき、祖父と一緒に住んでたんだけど
もう歩くのも大変そうで、あまり喋ることもなくなっていた

ある日、私が友達と遊びに行こうとしたら祖父が
「どこ行くの?」と聞いてきたので
最近できた新しい路線で遊びに行くことを話すと
「ちょっと待って」と言って財布からしわくちゃの千円札を取り出して
交通費、といって渡してくれた

あの千円札、結局使えなくてまだ持ってるよ
お金じゃなくてその気持ちがすごく嬉しかったです(´・ω・)


祖父母の出会いは半世紀以上昔のこと 祖父がおそらく20歳、祖母が15歳の時だ

42 名前:名無しさん[] 投稿日:2014/04/21(月)02:10:43 ID:wzOj6OgsR
祖父母の馴れ初めもここに書いていいだろうか
結婚報告しに行って聞いて旦那ときゅんと二人揃って来たんだ


48 名前:42[] 投稿日:2014/04/23(水)04:17:01 ID:9QTXtv2uT [1/2]
うお、待たれてた!
書いても良さそうなので書かせてもらいますね

祖父母の出会いは半世紀以上昔のこと
祖父がおそらく20歳、祖母が15歳の時だ
祖母は地元から離れた女学校に汽車で通っていた
毎朝祖母が乗る時間帯の汽車には目立つ人が乗っていた
やたらと女性にモテる男性、祖父である
当時祖父はイケメンというほどでもないがものすごくモテた
同乗してる女性に見つめられたりラブレターを渡されるのはしょっちゅう
当時としては驚くべきことだが連絡先を渡して誘う猛者まで出るモテっぷり
祖父も祖父でモテても飄々として、それがまた女性を盛り上がらせていた
だがお嬢育ちの祖母は軟派な悪い男に違いないと思って警戒していた
そんなある日にたまたま祖父母は帰りの汽車も一緒になった
いつも通り祖母は祖父に関わらないようにして最寄り駅まで来た
しかし汽車を降りた途端、草履の鼻緒がブチッ
漫画のごとく祖父がさっと祖母を受け止めた
なんてことはなく、祖母はホームで派手に転けた
手は擦りむくし鼻血は出るし鞄は痛むして踏んだり蹴ったりの祖母
半泣きでいたら目の前に茶色く濡れた手ぬぐいを差し出された
見上げたら祖父がいて「怪我したとこ拭き、お茶は殺菌効果があるから」と言った
ぽかんとする祖母を笑顔もなく助け起こして鞄も拾って駅舎の椅子に誘導
怪我の手当をして鼻緒も直して、駅の電話を借りて祖母の家人を呼んでくれた
祖母は祖父のことをわりといい男じゃないかと思って認識を改めて感謝した
翌日手当に使ったお茶まみれの手ぬぐいを洗濯して返そうと汽車に乗った
でもその日以来祖父は汽車に乗ってこなかった
実は祖父はその日、もっと早い汽車に乗って南の方へ出征してしまっていた


49 名前:42[] 投稿日:2014/04/23(水)04:19:04 ID:9QTXtv2uT [2/2]
続き

それから数年後の戦争が終わった頃に話は飛ぶ
祖父をすっかり忘れた祖母が19歳の年に祖母父が事故死した
あんまりにも唐突な出来事で家業がやばくなった
そこで援助してくれそうな家に祖母を嫁に出すことが決定
時代が時代なので祖母はついに来たかと粛々と受け入れた
ちなみにこの間、嫁に行く先の家を教えられただけで相手との顔合わせはなし
結婚の日に初対面というぶっ飛びようである
慌ただしい準備を終えて婚礼の日になり、祖母は車に乗せられ嫁入りした
が、婿の家に着いてみるとなにやら慌ただしい
祖母側が戸惑っていると身内らしき人が迎えに出て来て中の座敷へ案内
祖母に「とりあえずここにいてな」と言い置いて放置して何処かへ行ってしまった
不安なまま祖母は座って待っていたら座敷の外から人の話し声が聞こえた
「××(婿)はどこに行った」「朝から見てない」「もしかして逃げたか」
そこまで聞こえてしまって祖母は婿になる人に逃げられたと確信した
身売り同然でくる小娘なんかイラネされたんだと思ったら、惨めで悲しくて外に聞こえないよう祖母は泣いてた
そしたら急に締め切ってあった障子が開いてスーツ姿の男性が靴を持って入ってきた
焦った顔をしていて驚いている祖母にまったく気付いてない
中に入り込んでやっと祖母に気づき「僕の嫁さんですか?」と聞いてきた
祖母が頷いたら目の前にしゃがみ込んで角隠しの中を覗き込んでハンカチを差し出してきた
相手の顔を近くで見て祖母はびっくり、男性はなんの偶然か祖父だった
祖父も目をまん丸にして一言「あ、出征前に会った鼻血の子」
祖母は覚えてくれてたのはいいけど開口一番がそれかよ!と思ったそうだ
でも状況についていけなくて祖母があわあわしてたら舅姑が飛んできて祖父を殴って回収して行った
わけがわからないまま祖父の準備も済み、大幅に遅れて無事結婚式が挙げられた
夜になって祖父と落ち着いて話せてわかったことなのだが祖父は逃げてなかった
結婚の日の日取りを間違えて会社に出勤してたそうだ
出勤直後上司に「今日お前の結婚式じゃね?」と言われて気付いて慌ててこっそり帰ってきたらしい
ごめんなーうっかりしててと呑気に謝られて、祖母は私の涙を返せと祖父の髪をむしりたくなった
だが「泣いてるとこ2回も見たし責任取るわ、3度目の正直で泣かさんよう頑張る」と言われて止めたという
それ以降、祖父は祖母を振り回すマイペースだけど悲しませて泣かさない
今もちゃんと道で転けないように祖母の手を引いて歩いてる
なんだかんだで有言実行してるあたり祖父は祖母の読み通りわりといい男のようだ
祖母はツンデレツンデレしてるけど祖父のそこに惚れていったみたいである

祖母は笑い話として話してくれたけど、私としては可愛いなぁとキュンとした次第です


猫が大好きで、飼い猫の病死に泣き、「夜中に想出しては嗚咽してゐる。」と書いた祖父。

227 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:02/03/13 05:15 ID:3K3r4Txh
父方の祖父は、父が生後6ヶ月の時に亡くなりました。
享年28歳でした。

だから私の父は自分の父親を覚えていないし、
当然、私もお祖父さんにあたる人のことを知りません。

この前、金庫の中の祖父の遺品を整理していたら、
祖父が25歳くらいの時に書いた日記が出てきました。
猫が大好きで、飼い猫の病死に泣き、「夜中に想出しては嗚咽してゐる。」と書いた祖父。
山菜蕎麦が好きだった祖父。
絵が得意で戦争中の飛行機のスケッチを残していた祖父。
25歳の肺病を病んだ青年の姿が、急に現実感を伴ってに目の前に浮かびました。

私も今、絵を描いて、猫を飼って暮らしている。
見知らぬ人なのに、この人の血は私の中に流れているのだ。と思いました。

早死にの家系なのか、父も51歳の若さで死にました。
今頃は天国で自分より若いお父さんに会っているのかな。


228 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:02/03/13 05:20 ID:3K3r4Txh
父の思い出も書きたくなったので書かせて下さい。
誰かに話すようなことじゃないけど、どこかに残しておきたくて…。

大学院一年目の時、4年間付き合っていた彼氏と別れた。
私はすっかり鬱になって痩せた。でも気力で学校行って勉強していた。
母親には彼氏と別れたことを告げてあったけど、父親には黙っていた。
なにしろ学校を出たらケコーンするつもりで、両親に紹介ずみだったし、心配かけそうで
言いにくかったのだ。
でも、ある日私の留守中に母親が話してしまった。実は私は失恋したのだが、頑張って平常通り過ごしているのだと…。
驚くことに、父は涙をボロボロこぼして、「〇〇(←私)が可哀想だ。」と号泣したそうだ。
娘の失恋に父親が泣き出すとは。
私はその気持ちが嬉しかったのに、「パパやママが悲しむのはやめて!
こういうのは仕方がないことなんだよ!私が普通にしているのにやめてよ!」と怒ってしまった。

そんな父も五年前に他界。
パパ、花嫁姿を見せてあげられなくて本当にごめんなさい。
それから心配してくれたのに怒ってごめんなさい。
でも、パパが泣くほど心配した娘は、素晴らしい人と知り合って、
幸せなお付き合いをしています。生きてるうちにパパを安心させたかったよ。ごめんね。
これからも天国から見守って下さい。


祖母「じいさんが死んだら家に帰れるからねー。みんな集まって喜んでるよ」

705 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2009/07/13(月) 22:20:01 ID:zwgZqtU8
高校に上がる年の春、祖父が咽頭ガンの手術をした。
ヘビースモーカーだったしかなり進行してて、年末には鎮痛剤のモルヒネとかの影響で意識はほとんどなかった。
それでも、私が手を握って声掛けると、まぶたが動いて手を握り返してくれてた。
孫に甘いタイプの祖父じゃなかったし、ちょっと怖いなと思ってたけど
私のことすごく大事に思ってくれてたんだなってその時になって気付いた。

その年の瀬に祖父は亡くなった。
お葬式には、親戚も沢山集まってすごく賑やかだった。
その時祖母が言ったのは、「死んだら家に帰れるからねー。みんな集まって喜んでるよ」。
祖母が一番辛い思いをしてるはずなのに、泣き言なんか一言も言わなかった。
本当に長いあいだ連れ添ったんだなって思った。

お葬式が終わってから写真をみたら、棺桶と祖母の周りは白くて丸い光がたくさん写ってた。
魂はあるんだなって思った。

うまく文章にできなくてごめん。


泥棒が入ったので警察が家の中を調べにいったら、泣いて帰ってきた

268 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2011/01/21(金) 21:10:17 ID:K0OlC2p3
亡き祖父は生前、ヒキガエルに紐を付け玄関先の水瓶の中に入れていた
訪問客がカエルに気付き「へ~、よく出来てるなぁ」と近付くと飛び出て来る
その悲鳴で誰か判定し、会いたくなかったら居留守を使う
平屋だからできること
しばらくすると鍵も掛けずに出掛けてもいた
ほとんどの人はカエルに驚き逃げるし、知ってる人は
「あぁ、今は会いたくないんだな」
と察して帰るから

が、ある日、泥棒が入った
私が訪ねたら祖父が「閉めたはずなのに戸が開いてる」
と首を捻っていた
そこで「まさか・・」となり念のため警察を呼んだ
幸い何も取られていなかった
「あれじゃあ不気味過ぎて何も盗めない!!」
とは調べに家の中に入って泣いて戻って来たお巡りさんの言葉
家の中は入ってすぐが仁王立ちの熊の剥製。少し行くと祖父が中国で買って来た関帝の像
そして棚の上にはスズメバチ酒にマムシ酒
柱には何かの全身骨格が掛かっていたから

こんな祖父の職業はサラリーマン
しかもこの事実は亡くなって8年経つ最近になって家族全員が知った事実
他にも牛に紐を付けて町内を散歩したり、家族に黙ってふらりと出かけそのまま帰って来ず
「最近、おじいちゃん見ないねぇ」
と言い合っていたら一人でオーストラリア行ってたり、とエピソードは尽きない
そろそろ命日なので書かせてもらいます


祖父であったが、こんな一面があったとは、改めて驚かされた思いがする。

499 名前:大人になった名無しさん[] 投稿日:2009/09/12(土) 10:29:36
この前、母が祖父母の墓参りに行ったら、見知らぬ年配の女性が祖父母の墓に
線香をあげてお参りしていたので、声を掛けてお話しをしたらしい。

ウチの祖父は工場を経営しており、その女性は、昔そこで働いていたという。
そして、彼女の給料が、当初の予定より多目に支払われており、間違いだと
思い、私の祖父に申し出たところ、「君は仕事の段取りが上手だからいいんだよ」
ってことだったという。

そうやって彼女は祖父の元で金を貯め、資格を取って新しい職種に就いたらしいが、
あの時の祖父に随分と助けられたと、今でも感謝しているということだった。

自分の事は一切喋らない上に、派手好きで経営者としての資質は些か疑問視された
祖父であったが、こんな一面があったとは、改めて驚かされた思いがする。


祖父が起こした「ウナギの奇跡」が凄い

920 名前:なごむ[sage] 投稿日:2011/11/18(金) 18:35:52.25 ID:PM/sdQpI0
祖父が危篤になった、とイトコから連絡があり、職場に拝み倒して急遽早退した。
病院に着くと、連絡をくれたイトコ、まだ高校生大学生のイトコ達、
地元離れて働いてるイトコ達……と、盆正月にすらなかなか集まれない祖父の孫、十数名が勢揃い。
代わる代わる祖父の手を握ったりしながら
「俺来年結婚するんだよ!爺ちゃん結婚式来るって言っただろ!」
「私の成人式見るって約束したじゃん!」
「爺ちゃーん!死ぬなー!」
と叫ぶ叫ぶ。
そんな中、私が手を握って
「来年の爺ちゃんの誕生日は特上のウナギ取るよ!ウナギ好きじゃん!だから死ぬなー!」
と叫んだ途端、弱々しかった心電図?が急に波打ち、祖父がうっすら目を開け、
声は出なかったが口で「ウナギ……」と言った。

それから数日。
祖父は医者が「ありえん」と素で呟いた程の回復を見せ、
一般病棟にうつり、もう暫く様子見て退院するらしい。
今日お見舞いに行ったら、
「特上のウナギで生き返らない奴ぁいねぇよ。あ、店は○○(高級店)な!肝吸いも!」
とケラケラ笑ってた。
この出来事は、既に親戚中で「ウナギの奇跡」と呼ばれ、
他のイトコは「俺の結婚式よりウナギ……」「私の成人式よりウナギ……」と多少落ち込んでいた。


祖父「毎日毎日ナスばっかり、うちはナスの御用邸だなぁ」

576 sage 2015/08/21(金) 18:55:45.01 k40sDLIe0
小学生のころ毎夏泊まりに行ってた祖父母の家には自家用の小さな畑があった
トマトにピーマン、きゅうり、ミョウガ、おやつ用のマクワウリ…
しかし畑の世話をメインで見ていた祖母が最も多く植えていたのはナス
それもスーパーでよく見るような中長ではなく、電球みたいに太る地元で言うところの丸ナス
それをもいできてすぐ揚げ浸しにしたものが祖父の大好物だった
「毎日毎日ナスばっかり、うちはナスの御用邸だなぁ」
という耳タコな冗談を言いながら冷酒で晩酌をする祖父はこの上もなく幸福そうに見えた
鷹の爪をきかせた祖母直伝の揚げ浸しを作りながらそんなことを思い出す
祖父母はいずれも他界し田舎の古家ももうない
ナスをあてに祖父とビールでも飲みたかったと今になってしみじみ思う


大型台風がきた。私はわくわくしながら自室の窓に張り付いていたんだけど

816 名前:おさかなくわえた名無しさん@\(^o^)/[sage] 投稿日:2014/10/14(火) 10:21:09.62 ID:Fglim2S1.net
私が小学生の頃、今くらいの時期に大型台風がきた。私はわくわくしながら自室の窓に張り付いていたんだけど、
急にリビングが騒がしくなったら行ってみると、祖父を皆で静止してる様子だった。ぼーっと立っていた姉に事情を聞くと、
田んぼ脇の用水路が気になるから見に行くと言ってきかないらしい。父母祖母が総出で阻止していた。
すると祖父がいきなり、「用水路が!用水路がワシを呼んでいるんじゃぁぁあ!!」と叫んだ。
普段温厚な祖父のいきなりの発言に私は大笑いし、遅れて祖父以外の家族も大笑いした。
それを見た祖父は、「も、もういいよ!もう行かん!」って顔を真っ赤にして自室に戻って行った。


私の夫の祖父も外人だよ。 アメリカ在住の82歳。

42 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2010/10/07(木) 21:21:20 0
私の夫の祖父も外人だよ。
アメリカ在住の82歳。
始めて会いに行った時、皆に温かく迎えられ、
夫祖父はゆっくりと夫伯父に支えられながら出てきた。
そりゃもう志村けんのお婆ちゃんコントか!って位にカタカタ揺れてて
ヨタヨタと両手を出してきたので、私も瞼が熱くなるのを感じながら両手で握手したら
いきなり凄い力で抱き寄せられて
「うわーーーはっはっはっは!!騙されたな!!
俺はまだまだしなねぇ!!イヤッホォォォーーー!!」って大笑いされた。
夫伯父とツイスト踊る夫祖父を、夫祖母(日本人)はヤレヤレ…って顔で見てた。
あれはきっと死なないw


祖父は早くに両親を無くし、男手一つで兄弟を育て上げた人。 他人にも自分にも厳しい人だった。

714 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/10/29 03:49 ID:ZVlXiygC
母方の祖父が無くなった時の事を思い出した。
祖父は早くに両親を無くし、男手一つで兄弟を育て上げた人。
他人にも自分にも厳しい人だった。
もちろん身内にも厳しくて、母が下の子を出産する時に、弟が祖父の家に3日ほど
預けられた。弟は甘えん坊で予防注射のときは泣きまくるし、
握り箸でご飯は食べるし、もうやり放題。
祖父はどうやったのか、たった3日の間に躾し直して弟を帰宅させた。
母はビックリしてた。私も幼稚園だったけど、よく覚えてる。
その祖父が肝臓ガンになった。
医者ももう長くは無いと判断したのだろう、そろそろ親しい人を呼んでください、
ということになった。
私は病院に駆けつけた。でも、祖父が亡くなるなんていう実感なかったし、
普段から厳しくて頑固な人だったから、少し近寄りがたかったし、
病気のせいか、少しボケて私の事を母と間違えるし、はっきり言って会うのが
億劫だった。
そんな祖父が私を見るなり、

「キレイになったなぁ~!」

ビックリした。

おじいちゃん、楽しみにしてくれてた私の結婚式、間に合わなくてごめんね。
おばあちゃんには、きっと見せてあげるから。
私の結婚式見るまでは死ねない、って普段から言ってるし。(笑


私をかわいい孫だと思ってくれていたんだ

239 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2008/10/18(土) 00:52:23 ID:PZuG8z03
このスレ来ると絶対目が潤んでしまう
いい話かどうかわからないけど投下。文章下手。

母方の祖父は叔母(母の妹)と二人暮らしだった。
叔母が色々問題のある人で、隣の市に住んでるんだけど母以外のうちの家族とはお盆と正月ぐらいしか会わなかった。
ある日、祖父が入院したと母から聞いた。もともと病気がちな人だったからまたか、ぐらいにしか考えてなかった。
3ヶ月ぐらい経った頃、病院から帰ってきた母から「もう駄目かもしれない」と言われた。
次の日は家族全員でお見舞いに行った。そしたらもう祖父の状態は想像以上で、
いろんな管に繋がれてるわ、無呼吸状態が長いわ、たまに目は開くけどたぶんもう別の世界を見ている感じで
とにかくすごくショックだった。

数日後祖父は亡くなってしまった。
「おじいちゃん元気だった頃ね、お母さんがおじいちゃんの家行くとね、絶対お兄ちゃんじゃなくて『○○(私)ちゃんは元気か』って聞いてきたんだよね。」と、後から母に聞いた。
父方の祖父母は私の兄貴ばっかりを可愛がってて私はよく不貞腐れていたんだけど
あまり会えなくても、祖父はちゃんと私をかわいい孫だと思ってくれていたんだと思うとうれしいのと同時に
もっと会いに行って孝行してあげたかったなと後悔。
おじいちゃんとの思い出は、
小さい頃ストーブに触って火傷したら観葉のアロエを引っこ抜いて指に巻きつけてくれたこととか、
めったに会えないからって小学3年のときにお年玉を1万渡そうとして母に怒られたりと和む思い出しかない。


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