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不思議



少し眠ろうと二階の和室で横になりました。 5,6分してウトウトし始めると、部屋のドアが開いた気がしました。

909 名前:あなたのうしろに名無しさんが…[sage] 投稿日:02/06/28 22:39
今日あった事なんですけど。
 私の職場は母方の本家(伯母夫婦と祖母が住んでる)のすぐ近所にあります。
今日の昼休み、なにげに本家に行って昼食を取りました(普段は職場で食べる)
で、時間もあるので、少し眠ろうと二階の和室で横になりました。
5,6分してウトウトし始めると、部屋のドアが開いた気がしました。
「…○子(私の名前)寝てるねー」と小声で誰か呟き去りました。
するとまた、誰か来ました。誰かは部屋に入り私の寝てる横に近づくと
(ここまで私はウトウトしていたが、意識はおぼろげにあった)
そっと、だれかが優しく私の頭をなで始めたのです。

恐怖は感じず、不思議なくらいスッと心に思い浮かんだのは
撫でているのは伯母でも祖母でもない。
「あーおじいちゃんだ…」

11年も前に亡くなった祖父のように私は感じたのです。
10秒~15秒くらい私の頭を撫で繰り回され、私が徐々に意識がはっきり
するとともにその感触は消えていきました。

 私は元々ウトウト状態の時、奇妙な体験をする事はよくありましたが、
来てる人が誰であるかが、スッと分かったのは今回が初めてでした。
起きた後、祖母や伯母に確認しましたが、もちろん二階には上がってないとの事。

小さい頃人見知りが激しく祖父の所に近づかなかった私。
外孫だったので会う機会も少なかった私。
私が中一の時、亡くなった祖父。
もう私も大人なのに相変わらず頭を撫でてくれる優しかった祖父。
見守られてるなと本当に思った。
今日は仏壇に手を合わせて帰りました。

ありがとうおじいちゃん。
あまり出来のよくない孫だけど、仕事頑張るからね。

https://curry.5ch.net/test/read.cgi/occult/1002357757/

小さい頃、親父は俺が嫌いだった。 物心ついてから小学生の中学年くらいまでは、良い思い出なんて一つもない。

242 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2019/06/10(月) 15:20:57.45 ID:l8njS7dZ
387 :本当にあった怖い名無し :2010/07/08(木) 14:05:50 ID:dnQmckUHO
小さい頃、親父は俺が嫌いだった。
物心ついてから小学生の中学年くらいまでは、良い思い出なんて一つもない。
俺に対して口を開けば嫌味や暴言ばかりで、「お前みたいなカスが俺の子供であるはずがない」が口癖。
友達を作る権利なんてないと言われ、友達を作る事も遊ぶことも禁止。
食事中何か零したり一言でも口を開けば、線香の火を押し付けられベルトで叩かれる。
親父の笑顔なんて一度も見たこと無かったし、連休や休日家族で出かけたり一緒に写真を撮ったこともないし、
学校の行事にも一度だって来てくれた事はなかった。
俺もそんな親父が怖くて、夜や休日は、風呂と食事以外ずっと部屋に閉じこもっていた。
小5~6年の頃の記憶がない。
全くない訳ではないが、家族に関する記憶が一切思い出せない。
中学に入ってからは、親父に怯えた記憶はない所か親父との仲は良好。
連休の度遠出し、休日は家族全員で買い物やドライブに出掛けた。


243 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2019/06/10(月) 15:21:31.38 ID:l8njS7dZ
昨日用事があって実家に帰ったんだが、
突然昔のことを思い出して、親父に嫌味の一つでもと思ったんだ。
昔話の一貫のつもりで話したさ。
そしたら、親父もカーチャンも目真ん丸にしてキョトーン。
はぐらかすなよwと茶化してもキョトーン。
カーチャンに至っては、
「あんなに大事にしてくれた父ちゃんに、なんてこというの!!」とぶちギレる始末。

カーチャンが俺に投げ付けてきた二冊のアルバムには、
俺が生まれたばかりの頃から、高校を出るまでの写真がいくつも貼ってあり、
写真の大半は、親父やカーチャンと写った写真だった。
赤ん坊の俺や園児服の俺を、愛おしそうに微笑みながら抱く親父。
運動会で俺と二人三脚してる親父。
ブカブカの学ランを着た卒業証書を持った俺を肩車する親父。
どれも見覚えがないものだった。

これは何なんだろう。
ただの記憶違いなんだろうか。
もし記憶違いだとしたら、
親父や家族との楽しい思い出が一切頭から消えて、
辛い思い出に書き換えてしまった自分が憎い


2001年の秋 風邪ひいてて寒気がするので、大久保にある病院に行くため西武新宿線のつり革につかまってた。

31 :おさかなくわえた名無しさん :2005/06/27(月) 09:45:58 ID:vLg9Gq2N
2001年の秋
風邪ひいてて寒気がするので、大久保にある病院に行くため西武新宿線のつり革につかまってた。
で、あたまがぐわんぐわんと痛くて、目を閉じて眉間にしわ寄せて耐えてた。
そこで記憶が途絶えて、気がついたら夕方で、あたりは見知らぬ景色。
買ったことない服着てて、髪染めたこともなかったのに茶髪になってた。
パニクって近くのラーメン屋に入って、ここどこと聞いた。大阪市の福島駅の近くで、時間が一年
近く経ってた。ケータイの種類が変わってた。アドレス帳には、「ま」とか「ひ」とか、一文字の
名前で電話番号が10程度あったけど、知り合いや実家の電話番号がない。
俺はなぜだか知らないがその知らない電話番号が恐ろしくて、川に捨てた。警察から実家に連絡した。
向こうもパニクってた。俺に捜索願が出てた。
とにかく、帰って、今もまだ月一で精神病院に通ってる。
仕事は元の会社には帰れないみたいだったので、今は派遣やってる。


え?何??誰かに連れ去られた??と思ってたら ぬいぐるみ持った小さい女の子が来て、「一緒に遊ぼう」って言うの。

622 : おさかなくわえた名無しさん[sage] : 2013/06/25(火) 10:22:00.84 ID:Ev/RzCL1
ハタチの時、朝に庭の水やりをしてて、ホースに足を引っ掛けてしまい
近くにあった植木鉢を置く台?に胸を強くぶつけた。
ものすごく痛くて、声も出なくてうずくまってたらだんだん脂汗が出てきて
ボーっとしてきて意識がなくなったんだけど、気づいたら夕方になってて家の中にいた。
家の中っていっても自分の家じゃなかった。
他人の家の匂いがしてて、私は着たことない部屋着を着て広いリビングのソファに座ってた。

え?え?何??誰かに連れ去られた??と思ってたら
ぬいぐるみ持った小さい女の子が来て、「一緒に遊ぼう」って言うの。
ものすごくびっくりして、でもとりあえず「ママは?」って聞いたら
「ママも一緒に遊びたい」って。
どうしようどうしようって混乱しながら家の人が誰かいないか確かめようと思って
女の子と手を繋いで家の中を歩きまわって、洗面所で鏡みて驚愕した。
私は普通体型でギャルっぽい格好だったのに
髪の毛が黒くてゆるふわみたいなオダンゴしてて、老けて痩せてた。
すごい長いこと鏡見てたと思う。

カレンダー見たら水やりしてた日からちょうど5年経ってた。
その女の子は私の子供だった。
実家に電話したら
「どうしたの?昨日そっちに行ったばっかりなのに」的なこと言われて、
本気で怖くなって受話器放り投げた。
夫らしい人が帰ってきてその日は外食したんだけど、
私の様子が変なせいかすごく気遣われた。
つまり、意識のない間に恋愛して結婚して子供まで産んでたんだけど、
まったく何も覚えてない。

あれから1年とちょっと経つんだけど、まだ普通に生活してます。


金魚をたくさん飼ってたけれど一度に全滅したことがある(池で)

888 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/06/26 20:09
金魚をたくさん飼ってたけれど一度に全滅したことがある(池で)
それが不思議な話しで、
今は、もう亡くなった祖母が、大病をしてもう危ないと医者から見離されそうだったんだけれど
寝てる枕もとを、金魚が泳ぐ幻が見えるって言い出したんだ
そしたら、次の日、朝起きたら金魚が全滅してた
その日から、祖母が回復に向かって
すぐ元気になったんだ
金魚が病気を持っていってくれたとしか思えない現象だった
これ本当の話しだよ
だからペットって大事だね


病院にはこんな話、結構あります。皆言わないけど。

718 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/04/14 23:06
病院勤めしていた私。結婚退職しちゃったんですが
色々とありました。
仲の良い患者さんが亡くなってしまう事なんてしょっちゅう。
でも病院では泣くに泣けなくて大変でした。

でも、どうしても悲しくて泣いてしまった事があります。
その日退院予定のおじいさん。家族のお見舞いなんて皆無に等しく
退院しても施設に入れられる事になっていました。
朝から何か調子が良くなくて、退院を延ばす様に話をしていました。
でも家族が断固反対。無理矢理引き止める事が出来る程でもなかった
ので、そのまま退院する事になった。

 朝、食事を運ぶと何か元気で一生懸命話かけてきた。
忙しかったが、うんうん、と話を聞くと、嬉しそうに笑って泣いていた。
どうして泣くんだろう、退院するのが分かってるのかな?
と思った。痴呆も進んでいたので、分かるはずがないのだけど。

 が、急におじいさんがおかしくなった。
気付いた時、私は深夜明けで帰宅する直前、昼間勤務の人が
居なくなったその時、様態が急変した。
そのまま亡くなってしまった。

 当然家族は医療ミスだ何だと言いまくってきた。
お見舞いも来ない家族に限って騒ぐ人が多いのだが、まさしく
典型だった。
でも、その騒ぎはすぐに終結。理由はこのおじいさんの奥さん。
おばあさんの登場で。
このおばあさんも高齢の為、一人では外出も難しく、お見舞いに
来たくても子供の手を借りなければ来れない人だった。

 おばあさんが子供たちを叱りつけてくれたそうだ。
看護婦さん達の事、お医者さんたちの事、何も見ないでと。

 おじいさんがなくなったベットはすぐに洗浄に出された。
空いたはずのベットなのに、そこにはそのおじいさんが居た。
寝ぼけ気味だったかもしれないが、当たり前の様にそこにいた。
その時疑いもしなかったのだが、懐中電灯の明かりの中で
笑っていた。私も笑ってまた朝来ますね、おやすみなさい。
何かあったら遠慮しないで呼んでくださいね。
と、枕もとにナースコールを置いた。あれ?と思ったのは
朝だった。

 不思議な事にこのおじいさん、時々外来でも見かける。
あれ?と思って振り返ると当然居ない。
でもいつも近くに居る様な気がしてならない。でもいつも
微笑んでこちらを見ている。怖くないのも不思議。
長い入院生活で一番仲良しだと言われていた私に時々会いに
きているのかも、と思った。

 病院にはこんな話、結構あります。皆言わないけど。


幼いころからずっとかわいがってくれて一緒にいてくれたおじいちゃんだった。

902 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:04/01/29 22:57
長文ですが、失礼します。

高校のとき、大好きなおじいちゃんが亡くなった。
幼いころからずっとかわいがってくれて一緒にいてくれたおじいちゃんだった。
足を悪くし、中学のころ入院してから数ヶ月、一度も家に帰ることないまま亡くなってしまった。
私は入院し始めのころ毎日のようにお見舞いに行った。
家族の誰よりもたくさん顔を出した。なのにある日「・・・誰だったかな?・・・」と
私の顔を見たおじいちゃんが呟いた。誰よりもたくさん会いに来てたはずなのに・・・
私はその日から病室へ入れなくなった。また忘れられているかと怖かった。

高校に上がりバイトを始めた夏休みに、おじいちゃんは亡くなった。
誰にも見取られることなく一人で静かに亡くなってしまった。
私は現実として受け止めていなかった。火葬場でも私一人笑って見送っていた。
母は私の気が狂ったと思ったらしい。それくらい異様なほどに現実感がなかった。



903 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:04/01/29 22:58
49日が近づいていたある夜、私は夢を見た。普段あまり夢は覚えていないのだが、
あの日の夢は今でも忘れられない。
「おぉ、元気そうだなぁ。良かった良かった。」
おじいちゃんは生前愛用していた座椅子に座っていた。私は膝の上に座っていた。
「おじいちゃんひどいよ!私のこと誰だって言うんだもん。忘れちゃったんでしょ。」
「忘れてないよ。寝ぼけてただけだよ、ごめんな。」
おじいちゃんは私の頭をゆっくりとなでてくれていた。
「おじいちゃんなぁ、おまえの前だけではしっかりした頼もしいおじいちゃんでいたいんだよ。
だから、おじいちゃんが残した思い出は、おまえは見るだけにしといてくれな。」
「は?」
そこで目が覚めた。普段より2時間も早い起床だった。
台所では母が朝食を作っていた。私を見るなり玄関のダンボールを指差し泣き出した。
そこにはおじいちゃんが病室で書き溜めた短歌が本になっていた。
おじいちゃんが開いていた短歌教室の生徒さんがお金を出し合って自費出版してくれたものだった。
そこにはたくさんの歌があった。「結婚」「戦争」「息子」「孫」・・・章に分かれて書かれていた。
最後は「死」だった。その歌の訳は
「死ぬときは一人がいい。弱った最後の姿を見られたくはない」
それともう一句・・・
「自分は万人に好かれる人間ではないけど忘れられるのは怖い、死ぬのは怖い」
初めて、おじいちゃんが死んだんだと確信した。溜まっていた涙が溢れた。
母が後ろから「おじいちゃんの形見だからね。1冊持っていきなさい」
私は泣きながら何度も読み返したが、結局受け取らなかった。
それがおじいちゃんの遺言だと思っていたから。最後まで会いにいけなかった私へ
天国に上がる前に挨拶に来てくれたんだと、今でも信じている。

今でも私の中のおじいちゃんは優しくて頑固で、ちょっと見栄っ張りなままだよ、おじいちゃん。

・・・おしまいです、失礼しました。


祖父が楽しみにしていた振袖姿

816 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:04/01/05 10:29
中3のとき祖父が死んだ。離れて住む寝たきりだった祖父を毎日訪ねて
介護していた私は、本当に悲しくて悲しくて毎日泣いて過ごした。

高校生になって最初の夏休みを、私は祖母の住む家で過ごし、毎日仏間で寝ていた。
いつもなら6時に祖母の声で起こされていたのだが、その日はいつもより
10分早い時間に男の人の「起きなさい」という声で目がさめた。
不思議に思いながらも起きて部屋を出た。その5分後、仏間で大きな音が
したので戻ってみると、私が寝ている真上に飾ってあった、私より大きな
額に入った絵が落下し、ガラスの破片が布団の上に散乱していた。そばにあった
扇風機は大破していた。
祖父が助けてくれたのだと思い、私は仏壇に手を合わせた。

数年後の成人式の日、祖父が楽しみにしていた振袖姿を仏壇に眠る祖父に
見せに行ったら、「きれいになったなあ」という声が聞こえた気がして、涙が出た。


その女の子は、ふぅ、とため息を一つつくと、 「あぶなかったね」 と微笑みました。

462 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/01/23 14:29
ここのスレットに書き込んでいいものかどうか迷ったんですけど、ちょっといいはなし。
当時、私は精神的に荒んでいて、よく大型バイクをかっ飛ばしたりしていました。
その日もバイクで走っていたのですが、広めの幹線道路は渋滞していました。

そこで、道の左端をすり抜けて進みました。それなりに運転技術もありましたし、
どうなってもいいや、という部分があったので..危険だと知りながら、それなりの
スピードが出ていました。

そして、渋滞している車が途切れている所へ来た時に、対向車線からファミレス
に右折する車に右側から当てられたのです。車も急いで右折してスピードがあった
為、かなりの衝撃でした

今にして思えば、一瞬のことでしたが..妙なスローモーションを見ている様な感じで、
バイクに乗ったまま、私は電柱が正面に迫ってくるのが見えました。

その時、何か白いものが横から飛びかかってきて、私はそれに抱きつかれる様な
感じでバイクから落ちて、道の脇にある歩道に転がりました。
転がるのが止まって、歩道に仰向けになっていると、その白いものは私の体から
離れました..それは、白い服を着た女の子でした。


463 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/01/23 14:30
その女の子は、ふぅ、とため息を一つつくと、
「あぶなかったね」
と微笑みました。そしてスッと消えました。そして、私があまりの事に呆然としていると、肩
を軽く叩かれ、耳元で「あまり無茶をしちゃダメよ」という声がしました。でも、振り返って
も姿はなく..
そうしているうちに、ぶつかった車の人が降りてきて、救急車が来て..病院に運ばれて..と。

私は、足に軽い打撲があっただけで、ほとんど無傷でした。事故の大きさと比べると
奇跡的といっていいぐらいに。私のバイクは電信柱にぶつかり、グチャグチャに壊れていました。

後に警察に事情聴取に行った時..警官が..「よく、バイクから飛び降りられたな、そのま
ま突っ込んで悲惨なことが多いんだが..」と。

私は、飛びついてきた、白い服の女の子を知っていました。その事故の三年ぐらい前に
交通事故で亡くなった、私の婚約者だったのです。病院で息を引き取る時の最後の言葉..
「愛している、ずっと見守ってる」
その事が鮮明に思い出されました。
実際のところ、私が見たのは幻覚なのかもしれません。
でも、事故の時に来ていた皮のジャケットが警察から戻ってきた時、
歩道と擦れて毛羽立ってしまった傷だらけになった背中の部分に、
細い腕と小さい手の形で無傷の部分がくっきりと残っていました。

彼女を失って、自暴自棄になっていたのが続いていたのですが..
その事故があってから、ちゃんと前向きに生きなければ、と。

https://curry.5ch.net/test/read.cgi/occult/1002357757/

今いる茶トラが四匹目の猫。 歴代猫たちそれぞれに個性があったけど共通点もある。

288 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2019/02/16(土)22:34:52 ID:Adv
今いる茶トラが四匹目の猫。
歴代猫たちそれぞれに個性があったけど共通点もある。
人間が布団に入るとまず見に来る。
下僕が布団をあっためはじめたにゃの確認をしたら
家の中を一巡りしてパトロール。
たまに運動会を開催してひとっ走り。
それからやっと程よく暖まった布団に入ってくる。
この行動だけはみんな一緒。
不思議にゃー。


その方は生前よく「人間死んだら灰になってそれでおしまい。無です」と よく言ってました。

898 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/04/29(日) 18:46
数年前の話です。
年上の友人が亡くなりました。
理屈屋で気むずかしい人ですが、私の持病を心配して研究してくださり
(お医者さんではありません)完治はしませんが、なんとか暮らして行けるように
してくださいました。
その方は生前よく「人間死んだら灰になってそれでおしまい。無です」と
よく言ってました。

急死だったので、本当に信じられなかったのですが、
友人3人とお通夜にでかけました。
帰ろうとすると雨が降るのです。足を止めようとするように。
しばらくしてまた本当に帰ろうとしたときに、1人の友人の靴が無くなっているのです。
他の人が間違えたとしたら、代わりの靴があるはずですが、それもないのです。
汚い靴だったので、誰かが盗るということも考えられない。
結局その友人は亡くなった方の靴を履いて帰ることになりました。

その夜、ほんとに午前二時ちょうどでした。
突然胸がドキドキして目をさましてしまったのです。
姿は私にはみえませんでしたが、いるというのがわかったのです。
ちょうどその同じ時間、靴の友人は亡くなられた方からもらった色紙が
風もないのに棚から落ちて、やはり来たんだというのがわかったそうです。

私は幽霊なるものを見たことのない人なのですが、
きっと「無だと言っていたけれども、人間の魂はのこるんだ。」と
教えに来てくれたのではないかと思います。

https://piza.5ch.net/test/read.cgi/occult/981981363/

親戚の中でも僕と僕の弟は一番年齢が低かったこともあり祖母にかわいがられ

452 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/01/17 02:13
20年以上前の話なんですが、ちょっと不思議な事がありました。
祖母と祖父は二人きりで住んでたので夏休み、冬休みにはいつも
親戚が一同に集まっていました。
親戚の中でも僕と僕の弟は一番年齢が低かったこともあり祖母にかわいがられ
特に僕はかなりのおばあちゃん子でした。

ここから先の話は僕が3,4歳のころの話で僕自身は全く覚えていないのですが、
ある朝、僕が朝食の時に突然「昨日、おばあちゃんちにいってきたの」
と言い出し、まあ、両親はおばあちゃんの家に遊びに行く夢でも見たんだろう
と思ってたらしいんですが朝食を食べ終わったぐらいに突然祖母から電話があり
昨日の夜中に「おばあちゃ-ん、きたよー」という僕の声が聞こえ玄関にいったものの
もちろん僕がいるわけもなく心配になった祖母は夜中近所をあるきまわったそうです。
もう祖母は亡くなりましたが今でも母親が「あれは不思議だったわね」
と言ってきます。


俺と同じ年に生まれた犬がいたんだ。家で飼われていっしょに成長してきた。

788 名前:あなたのうしろに・・・[] 投稿日:2001/04/17(火) 01:46
おっと良い話なら俺の人生最大の衝撃を受けた話を聞いてくれ!
俺と同じ年に生まれた犬がいたんだ。家で飼われていっしょに成長してきた。
そして17年目、犬の寿命が徐々に迫ってきていた。そんな時
学校にいる俺にメッセージが入ってきて(ポケベル)、犬が死んだとの連絡が
入ってきた。悲しいなと思いつつも、その犬は家でずっと横になって食事もできない
状態までいってたから、そろそろかなとは思っていたけど、いきなりだからびっくりした。
親の話曰く、家に帰ってきたら犬が目から涙流しながら一人寂しく
生きを引き取っていそうだ・・・それで犬の葬儀屋に電話して、いくらかかるか聞くと
なんか事務的にあれとこれで○○円です。とか言われて、なんか犬が
生物として見られてないなぁと思って、自分で埋葬することにしたそうな。
車に犬を積んで山奥に行って、ダムの近くに穴ほって手厚く埋葬したんだって。
(余談:警察の話によると、勝手にうめちゃだめなんだってさ)
その夜は、なぜか肉料理だったのを覚えている・・・意味不明ってことで。
ここまでは、普通に悲しい話だったんだけど。ここからが感動した。

犬が死んでしばらくして、親が久しぶりに墓参りに行った。
車で現場に着くと、墓の所がキラキラ輝いているではありませんか!
何事かと思った親は、近くに行き墓の前まで近寄るとなんと!
今までに見たこともないような、綺麗な淡い色というか、オレンジとも
いうような、紫ともいうような花が一本だけ咲いていたんだって。
暗い山道に一本だけ咲くその綺麗な花はあたりを照らしていたんだってさ。
最後に、死に際にそばにいれなくてごめんよ。そして17年間いっしょに育ってよかった!


これ、俺が本当に体験した話なんですけど。

101 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2018/12/02(日) 17:01:38.54 ID:XXo/aYxX0
これ、俺が本当に体験した話なんですけど。
もう5年位前に、高校に通う通学路でいきなり知らないおっさんに声をかけられたのね。

おっさん「君、この道でよく見かけるけどこの道のマンホールの数、数えたことある?」
俺「いや、ないです。」
おっさん「ああ・・・よかった・・・」

それだけの話なんだけど・・・
なんだったんだろ?


昔、俺がまだ神戸で雇われのバーテンダーだった頃の話。

999 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:2007/12/06(木) 07:52:03 ID:3goXBPesO
昔、俺がまだ神戸で雇われのバーテンダーだった頃の話。

その店は10階建てのビルの地下にあった。で、地下にはうちの店しかないんだけど、階段の途中にセンサーが付いてて
人が階段を通るとカウンターの中のフラッシュが光ってお客さんが来たのが
わかる仕組みになっていた。

でもたまに、フラッシュが光っても誰も入ってこない、外を見ても誰も居ないって
事があって、俺は寂しがりやの幽霊でも来たのかなって半分冗談みたいに
ウイスキーをワンショットカウンターの隅の席に置いて「ごゆっくり どうぞ~」と言っていたんだ。

それからはそれがおまじないというか、げんかつぎみたいになって
そうゆうことがあると、いつもそれをしてた。そのうちお客さんも
「おっ今日も来てるねー」みたいな感じになって(そうゆう日に限って店は凄く忙しくなった)
姿は見えないけど、その頃は店の常連さんみたいに思っていた。

ある冬の朝方、またフラッシュが光ったんで、こんな遅くにお客さんかぁと思って
外を見ても誰も居ない。なんかそのまま朝の空気が心地よいので
階段の上まで昇って一服してたら、突然の大地震。そう阪神大震災です。
うちのビルは地下と一階部分がぺっちゃんこ。あのまま中に居たら確実に死んでました。
あとから考えるといつもただで飲ましてあげている、あの見えない常連さんが助けて
くれたのかなぁと思います。

今も違う場所で自分でお店をやってますが、その店のスイングドアが風も無いのに
ギギィーって揺れたりすると、今でもウイスキーをワンショットカウンターの隅に置いてます。
そして心の中で「いらっしゃい。あの時はありがとうございました。」と思うようにしています。


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復調しました。みなさま励ましのお言葉ありがとうございました^^


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