ほんわかMkⅡ


 □おすすめ
 □更新情報

ほんわかMkⅡです。2ちゃんねるまとめサイト。元ほんわか2ちゃんねる。

ヘッドライン

ホームステイ



ある日やってきたのはポーランド人の女の子。

31 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/10/05(火) 11:32:43 ID:BqosEZ1t
うちで留学生のホームステイ受け入れをした時の話。
ある日やってきたのはポーランド人の女の子。

食事の前に「いただきます」って言ってるの見て「誰にいただきますって言ってるの?」って質問してきた。
もう昔からの習慣だから深く考えたことはなかったんだけど「作ってくれた人とか食材とか…あとそれを育ててくれた人とかかな」って言ったら目からウロコってかんじで驚いてた。
彼女はキリスト教なので神様に感謝はするけど、それ以外のものから与えられてるって感覚がなかったんだって。
「日本人の感謝の気持ちはスゴイねー」って言われたよ。

後日、夕飯がステーキだった時
手をあわせてニコニコしながら「オカーサン、アリガトウ!ウシサン、アリガトウ!イタダキマース!」って言ってるの見てなんか和んだw


中国へホームステイへ行った時の話。 お土産を何にするかに困った。

461 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/11(金) 03:57:00 ID:hj2dyToo
中国へホームステイへ行った時の話。 お土産を何にするかに困った。
いわゆる「日本的なもの」をもっていくと中国にも似たものがありそうな気がしたから。
悩んだ末に、引き出物でもらった漆の夫婦椀を持って行くことにした。
引き出物とはいえ、匠と呼ばれる人が作ったもので、普通に買えば1万円はくだらない。
ただし、螺鈿もなければ、漆の光沢感もなく(つや消ししてある感じ)、形状もツルンじゃなくてデコボコしている感じ。
ぶっちゃけ地味。日本人の目から見れば「味わい深い」になるものなんだけれど。

でも、事前にもらったホストファミリーの情報では、 中国では富裕層に属する人たちらしかったので、
きっと理解してくれるだろうと持って行くことにした。だけど、自信がなかったから派手な風呂敷に包んだ。
それともらいものを渡すという後ろめたさも手伝って、結局空港で日本人形と日本っぽい菓子を買った。

が、現地についたら、ホストファミリーの変更があり、オランダ人男性と中国人女性の国際結婚カップルのお宅にお邪魔することに。
しかも、二人とも若くて、漆器の良さとかあんまり理解できなそうだとおもった。
いよいよ、お土産登場タイム。
日本人形を取り出すと、「オー、ゲイシャガール」とテンプレ反応。
(中国語勉強のためにホームステイしたはずなのに、会話はほとんど英語orz)
で、肝心の漆器。 桐箱から出した瞬間、オランダ旦那の目の色が変わった。
「ソー、キュート!」
え、キュート?? と思いながらも、反応を観察していると、椀を持って手の上での馴染み具合を確かめたり、指ではじいて音を聞いたり。
めっちゃwktk顔のオランダ旦那。
そこへ中国嫁が桐の箱に書いてあった「夫婦椀」の意味を英語で説明し、さらにテンションアップwww

出島以来の付き合いは案外伊達じゃないと思った。


うちにホームステイしてたスイス人

633 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/07/24(金) 14:56:45 ID:rLTPami8
うちにホームステイしてたスイス人♂
金髪にほりの深い顔と、ステレオタイプな外人顔

一緒に散歩してたら、近所の3歳くらいの子供からおびえた感じで

「がいじんしゃん、たべない?」と言われて?な顔してたな

半泣きの子から、理由を聞いてみたら、どうやらその子は、
いつも見ている人とは違う→怖い→怪獣だ!食べられちゃう!
と思ったらしく本気で怖がってたww

俺もスイス人も子供の母親も、思わず笑ってしまったよ。

ニコニコしたスイス人が「ボク、タベナイヨー」と言いながら、
その子をだっこしてたら、すぐに慣れてしまったけど。


日本に帰ってもマレーシアでの日々を忘れないでね、だと。忘れられるわけないだろ!

769 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2010/01/17(日) 01:04:39 ID:MAajlRjB
日本びいきってわけじゃないかもしれんが投下。

高校二年生の頃、マレーシアへホームステイをしたんです。
行った先は小さな村でした。
僕は日本でラップやDJとかいろいろやっていて(2chで書くと馬鹿にされるかもしれませんが)当時は世界的にHIPHOPが盛り上がっていたこともあり、日本から来たBBOYに子供や若年層は大盛りあがりwww
それが切っ掛けで、みんなでラップしたりダンスしたり、また、ドラえもんやウルトラマンの絵を書いてあげたりして村中の人達と仲良く過ごすことができました。
みんなドラえもんとウルトラマンが大好きでしたww
高齢のかたには日本支配時代の話をいろいろ聞きました。
当時は僕も小林よしのり等にハマっていたので色々質問したかったのですが、質問をするまでもなく、日本には感謝していると言われ、大変恐縮した覚えがあります。

ホームステイを終え、村の人達とわかれたたあとは一週間ほど観光旅行。

んで、帰国の日、空港の出国審査にて。
審査の列に並んでいて、ふと振り返るとそこにはお世話になった村中の人々が!
本当、ウルルン滞在記みたいになってました。泣いちゃってないちゃって。

んで僕の審査の番になって審査官をふと見たら、泣いてるんです審査官が、もらい泣きwww
日本に帰ってもマレーシアでの日々を忘れないでね、だと。忘れられるわけないだろ!

よった勢いで投下したので読みづらかったらスイマセン


数年前、アメリカにホームステイした時の話

890 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2012/01/04(水) 00:47:13.86 ID:a93hs85I
里帰りしたら当時の写真が出てきたので何となく。
盛り上がりには欠けるけど、投下。

数年前、アメリカにホームステイした時の話。
お世話になったのは如何にもアメリカンホームドラマに出てきそうな鷹揚なご家族。
恰幅のいいお父さんお母さん。その陰から顔を覗かせる10歳と8歳の息子さん。
恥ずかしがってんのかなー?とか思ったら、息子さんたちがおずおずと近寄って来て、
「アーユーニンジャ?」
思わず吹き出した。
ザパニーズ、サムライ、ブシドーと同じノリだと思ったので、
「いぇーすざっつらいっ!」なんて答えたのが失敗だった。
お子さんたち口ぽかんと開けたと思ったら、顔中で喜びを表し始めた。
言葉はよく解らんが雰囲気から察するに、「SUGEeeeeeee!!!!」という感じだろう。
ここに来て漸く、息子さんたちが「本気」で忍者かどうか聞いてきたのだと気付く。
二人は目を輝かせて「ニンジュツ」を見せて欲しいとせがんでくる。うっ…
助けを求めてご両親を見ると、二人とも期待に満ちた眼差し。おまいらもかwww
辞書片手に苦戦しながら何とか「ニンジュツは門外不出だから見せられない」ということを説明し、露骨に落胆させる。
ついでに「俺がニンジャだというのは秘密にしておいてほしい」と懇願し、翌日……

ええ、息子さんたちのお友達が大挙して「ニンジャ」を見に来ました。
だけど俺のニンジャ知識なんて忍たまくらい。メタボ気味な身体は素早く動かない。
露骨に向けられる不審の目。そのうち、息子さんたちにお友達が不満を言い始める。多分嘘つきとか何とか。
息子さんたち、泣きそう。
これは何とかしなくては!と咄嗟にコピー用紙を貰い、折り紙の「手裏剣」を折ってみる。
や、しょぼくてスンマセン、自分、これで精一杯です。騙されてくれませんかね?とか思ってたら、
「ワンダホー!」「ニンジャ!ニンジャ!」
険悪な雰囲気も消えて喝采が上がる。こんなのでいいのか…

それから10日ほど、寝る間も惜しんで折り続け、息子さんたち、その友人、ダディとその同僚のために手裏剣を作り続け、
帰るときには「グッバイニンジャ!」と見送られた思い出。

何でか外国の人って忍者好きだよねw


ずいぶん前に、アメリカでホームステイしました。

685 名前:名無しさん[] 投稿日:2001/06/09(土) 19:38
ずいぶん前に、アメリカでホームステイしました。
その時のホストの翁が、もとアメリカ海軍のパイロットでF6F(だったかな?)にのっていたらしい。自分も太平洋戦争のことは勉強したり、祖父が海軍出身だったからいろいろ話を聞いていたのでずいぶん話が盛り上がりました。こっちがいろいろアメリカの提督の名前、ミッチャー、ハルゼー、、、とかいろいろ挙げるとたいそう喜んでね・・・、当時の写真を見せてくれたり、話をしてくれたり貴重な体験をしたよ。彼もいろいろ知ってて、山本、トージョー、ヒロヒト、さらにはトーゴーもしってたよ。なんでも当時のアメリカ海軍の中で日本海軍の存在は大変大きかったらしく、中でも世界三大海戦のひとつにあげられる日本海海戦の主役である東郷は、当時でも有名だったらしい。
彼は、空母にも乗ってたらしくて、相当修羅場をくぐったみたいだった。ずっと戦場にいたわけではないらしいが、太平洋戦争全体を通して日本と戦ったらしい。ゼロ戦とも戦ったし、神風にも遭遇したらしい。彼の友達は何人か死んだらしいね、ゼロ戦に撃墜されて。それでも彼は全く反日的ではなく、むしろ強敵、日本海軍に勝ったという誇りをすごく大切に持っていた。やはり、極限の修羅場をくぐり抜けた強者は、お互い国のために死力を尽くした相手に対して敬意を払えるみたいだね。もちろんアメリカは正義のために戦ったということを前提に話はされていた。戦争後半は、かなり楽になったらしいけど、初期、中盤にかけては、向こうの航空隊の中でも相当危機感が高かったらしい。
翁はとても自動車好きで、やはり日本とドイツはいい車を作るな!!って感心してたよ。本田のシビックが最初にアメリカに上陸したとき、当時の世論は所詮安物の車という見方しかしてなかったが、彼は、日本の車がアメ車に対抗できると予感したらしい。ちなみに彼の当時の愛車はフォードとTOYOTA。TOYOTAは燃費がずば抜けてよく、無駄のない美しいデザインだ、って誉めてたよ。なんとなくゼロ戦に通じるところがあるってちょっと感じたのを覚えてる。ゼロ戦も航続距離長かったんだよね。デザインもいいし。
とにかく彼にはほんとよくしてもらいました。航空博物館にはよく連れて行ってもらったし、自分のことをゼロの息子が日本からやってきた(そんな感じのニュアンス)って言ってくれてたいそうかわいがってくれました。
彼は数年前に病気で他界しましたが、生前にうちの祖父と一度でいいからあわせてあげたかった。

泣ける話ではありませんが、ちょっとしたお茶の間話です。


    読者登録
    LINE読者登録QRコード
    つぶやき
    みんなありがとう(*´∀`)


    相互RSS新しくしました。
    上部メニューバーもRSSなしのあんてなさんのみにしました。


    結構むちゃくちゃになってたのでご迷惑かけた方すみません。
    また、ウチ抜けてるぞ!とかアクセス来なくなった!って方はご連絡くださいね。
    外したわけではなくたぶんミスってます。。。
    相互ご希望の方もどうぞ~
    ツイッター・メールどちらでも結構です。
    ちょいと手直し
    2021/02/02
    管理人A




    ついったーでほんわかMkⅡ

    リンクとかの事はこちらに
    あばうとほんわかMk2
    まとめサイトさま最新

    あんてなさま最新
    amazon+
    ラジエーションハウス 6 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


    ガイシューイッショク!(1) (ビッグコミックス)


    比羅坂日菜子がエロかわいいことを俺だけが知っている。(2) (電撃コミックスNEXT)


    ド級編隊エグゼロス 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    最新コメント
    アクセス



    あんてなさん


    カテゴリ別アーカイブ
    月別アーカイブ
    スポンサードリンク
    • ライブドアブログ