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ばあちゃん「もうろくなもん食べられん……」

39: 風吹けば名無し 2018/03/23(金) 14:20:32.64 ID:RF0GJ4RIa.net
ウチのばあちゃん親戚の集まりで「もうろくなもん食べられん……」って言って涙誘ってたのに
その後台所からピザの箱見つかってめっちゃ辛そうにしてた


101: 風吹けば名無し 2018/03/23(金) 14:25:19.74 ID:/WxH2Ejqd.net
>>39
かわええやんけ


婆さんが猫に散歩させられてる

471 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:2019/01/29(火)22:27:49 ID:OwF
猫つながりで。

腰の曲がった婆さんにリードで繋がれて散歩してる猫がいた。
猫の歩きっぷりがあまりにも堂々としてて
リードが結構長く、ずいぶん先を歩いていたせいか
まるで婆さんが猫に散歩させられてるみたいだった。
なんか和んだw



じいちゃん、徴兵されたが身体が弱く、 上官も呆れるほどで、部隊は出征したが、じいちゃんは内地師団司令部の警備任務に残された。

200 名前:名無し三等兵 本日のレス 投稿日:2005/09/03(土) 00:39:09 YHl+JC17
漏れのじいちゃん、徴兵されたが身体が弱く、
上官も呆れるほどで、部隊は出征したが、じいちゃんは内地師団司令部の警備任務に残された。
師団司令部からじいちゃんばあちゃんの実家までは、現在ならクルマで30分ぐらい、
終戦になるやいなや、じいちゃんは武器を投げ出し、国鉄に飛び乗った。

同じころ、働き手がいなくなって、ばあちゃんはとうちゃんと兄弟を連れて街に働きに出ていたのだが、
そこを見舞ったのがB29の空襲。
ばあちゃんはとうちゃん以下兄弟の手を引いて地獄の中を逃げ延び、実家にたどりついていた。

そこで幼いとうちゃんの仕事は、兄弟の分も含めての食料調達。
田んぼの中を走り回り、ドジョウを捕まえて鍋の材料を確保していたのだが、
その田んぼの脇をとぼとぼと歩いていたのがじいちゃん。
「ああ、戦争に負けたのだなあ、あんな小汚いガキがドジョウ採りをやっているとは」、
・・・で、家に着くと、くだんの「小汚いガキ」が「とうちゃん、お帰りなさい」。

まあ、終戦翌日の晩御飯の食卓を、一家で囲めたというだけで無上の幸せであろうか。
・・・ちなみにここまでの「わが家の戦史」の聞き取り調査において、
「じいちゃんはな、兵隊さんがそれはそれは辛くって」
「何を言うやら、ワタシがどれだけ苦労をしたか」
「とうちゃんはな、じいちゃんとばあちゃんを助けた、そりゃあ孝行息子でなあ」
・・・証言者の証言に微妙な食い違いがあり、戦記作家の苦労が少しだけわかったのは言うまでもない。


祖母が最後一言「うん」

343 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2019/08/06(火) 07:39:11.56 ID:IVXrBJ3S0
先日息子の祖母、俺の嫁の母が癌で亡くなったんだが、息子の携帯のメールでやりとりしていたみたいで、祖母が最後一言「うん」と
返信したのが6/30。それ以後は息子のメールに返信もなく、息子が最後送ったのが「(;_;)」の顔文字。
それ見てとても悲しく寂しくなってしまった。
当然、息子は大好きなばぁばとやり取り出来ないし、きっとずっとこのメールは消さないだろうけど

そしてその上には祖父とのやり取り。
「ばぁばまた帰ってくるの?」
「生まれ変わってくるかもな」

それ見て奥さん亡くしたじぃじの気持ちが端的に現れてる気がして、また寂しく感じた


人生経験の深いばあちゃんに 「本物のメイド見たことある?」と聞いてみた

40: 以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします 2013/11/05(火) 23:34:55.44 ID:7A4OHxoX0
人生経験の深いばあちゃんに
「本物のメイド見たことある?」と聞いてみたら
「まだ」と言われた
ちょっと考えて話がかみあっていないことに気づいた


私の耳元で「ゴキブリホイホイを台所の冷蔵庫の下と流しの下に仕掛けたから」と 小声で囁いた。

219 おさかなくわえた名無しさん sage New! 2006/02/20(月) 17:54:09 ID:VypJNhpV
ばあちゃんはスレチかな?母さんのオカンだからユルシテ。


昔実家にいた頃、夏場にテレビ見ながらごろごろしてたら、ばあちゃんが寄ってきて、
私の耳元で「ゴキブリホイホイを台所の冷蔵庫の下と流しの下に仕掛けたから」と
小声で囁いた。「何でゴキブリホイホイの仕掛け場所、小声で言うの?声枯れたの?」
と聞くと、ばあちゃんは怖い顔をして


「しっ!!! ゴキブリに聞こえる!!」
と怒鳴った。


しばらく笑いが止まらなかった。ばあちゃんは真剣だった


金魚をたくさん飼ってたけれど一度に全滅したことがある(池で)

888 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/06/26 20:09
金魚をたくさん飼ってたけれど一度に全滅したことがある(池で)
それが不思議な話しで、
今は、もう亡くなった祖母が、大病をしてもう危ないと医者から見離されそうだったんだけれど
寝てる枕もとを、金魚が泳ぐ幻が見えるって言い出したんだ
そしたら、次の日、朝起きたら金魚が全滅してた
その日から、祖母が回復に向かって
すぐ元気になったんだ
金魚が病気を持っていってくれたとしか思えない現象だった
これ本当の話しだよ
だからペットって大事だね


ばりばりのキャリアウーマン(のはしり)だった祖母は料理は全く駄目。

129 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/14(火) 19:20
ばりばりのキャリアウーマン(のはしり)だった祖母は料理は全く駄目。
三度の食事はいつもお手伝いのおばさんの仕事でした。ところが祖父が
死の床に就いた頃、祖母は自ら台所に立ち、料理らしきものを作って祖父
のもとへ運んで食べさせてあげるようになりました。
私は当時五歳か六歳。祖父を見舞いに行ったら、ちょうど祖母が昼食の
用意をしているところに出くわしました。
「ああ、ちょうど良かった。加奈子も食べて行きなさい。」
祖母の手料理なんて食べたことがなかったので、期待と不安でいっぱい
でした。で、出された料理は、お味噌汁の中にご飯が入っていて、煮込んで
ある奴でした。しかも、まずい。
「おばあちゃん、これ、全然おいしくない」
一口だけ食べて投げ出してしまった私に謝りながら祖母は同じ食事を
祖父のもとに運んでいきました。お匙にその雑炊(もどき)をとって
祖父に食べさせてあげている姿を、私は黙って見つめていました。
「うん。うまい。うまいなぁ」
祖父はにこにこしながら与えられた食事をおいしそうに食べています。
子供心にびっくりしたのを覚えています。その後、こっそり居間に戻り、
冷たくなった残り物の雑炊(もどき)を食べてみたのですが、やっぱり
まずかった(笑)。
でも今でも、嬉しそうに「うまいなぁ」と言って妻の手料理を食べていた
祖父の姿と、誇らしげに食べ物を口に運んであげている祖母の姿が忘れ
られません。あの、煮過ぎで辛くなった雑炊(もどき)の味も・・・。


祖母はまるでもう一人の母親のようでした。

727 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2006/09/29(金) 03:50:47 ID:SVuEhgE3
うまく伝わるかわかりませんが私の話を…
私は小さい頃からすごくおじいちゃんおばあちゃん子でした。
電車で30分位の所にすんでいたので、小さい頃から親と喧嘩すると泣いて電話したり、祖父母の家に家出したりしました。
私は一人っ子なのですごく可愛がってくれました。
特に祖母はまるでもう一人の母親のようでした。私が何歳になっても毎日のように電話で「今日は何してたの」「何時に帰ってくるの」
など母親以上に口うるさく言ってくるので遊びたい時期の頃はうっとうしくもありました。
祖母は気持ちは女子高生のように若くて、オシャレだった祖母は、遊びに行くのが大好きで、お金持ちな祖母はしょっちゅう旅行に出かけたり何万もする服をたくさん買ったりしていました。
月に一度位、小さい頃からずっと変わらない習慣は、祖母と二人で買い物にいくことでした。。たぶんイマドキの高校生ならおばぁちゃんと買い物なんて嫌なんだろうけど、私は服を買ってもらえるのが嬉しかったし、マルキューにも一緒にいきました。
私が試着する間、どこにいってもおばあちゃんは店員さんに私の話をしていました。
足が悪いおばあちゃんはいつも杖をついて、階段は私に支えられながら昇っていました。すごく大変そうなのに、「みかちゃん、どっか行こう、つまんなくて気が狂いそう」って電話がかかってきます。
私が短大の二年で、体調崩して留年した時も私はやめちゃおっかなーなんて思ったけど祖母がどうしても卒業だけはしないと絶交っていうから、おばあちゃん孝行だと思っていくことにしました。
卒業のかかった試験の何ヶ月か前から、おばあちゃんが腰が痛いって言い出した。食べ物も食べれないって。
母親が無理矢理病院連れてったら、すい臓ガンだって。しかも末期。
余命半年って、そんなことある?あんな元気なおばぁが。
それからあっという間に入院。食べ物が食べられなくなったおばあちゃんはどんどん痩せて小さくなった。オシャレなおばあちゃんは醜い自分を見られたくなくて家族以外はお見舞いにこさせなかった
あまり話もできなくなったのに、私がいくと卒業と就職のことばかり心配する。クリスマスの日、一時退院させてもらって、親族でクリスマスパーティーをした。
寝たきりのままだけど、ご飯も食べれて、おばあちゃんがたくさん笑ってて、元気になったきがして、すごくすごく嬉しかった。
それから試験が近づいたので私は試験が終わったらすぐにまたお見舞いにいくつもりでおばあちゃんに卒業を報告したかったから勉強漬けだった。
試験の最終日の前日、夕方からお見舞いにいった母親から祖母の体調がわるいので帰りが遅くなると言われた。
心配であいに行きたかったけどそうもいかなかった。帰って来た母親の目は赤かった。
試験が終わったあと、すぐに病院にむかおうと思ったら祖父母の家に来てといわれた。



玄関をあけたら、いつもと違うお線香のにおいがした。


すべてを悟った私は泣き崩れた。
信じられなかった。余命を言われた時から心の準備はしてたけど、なにより何も恩返しできなかったのが悔しかった。卒業も間に合わなかった。ごめんねという気持ちでいっぱいだった。

祖母は最後まで私の卒業の心配をしていたそうだ。

それをきいて本当に涙が止まらなかった。
私にとって初めてのお葬式が祖母になってしまった。お葬式の時、知らない親戚やおばあちゃんの友人がたくさんいて、その人たちはみんな私の所に泣きながら来た。みんないうことは同じだった。


「あなたがみかちゃんね、おばあちゃんはあなたの話ばかりしたのよ。」


涙が止まらなかった。私はしあわせものだと思った。孫が三人もいるなかで、私が唯一の女の子だったからだろうが、私は本当に愛されていたんだ。

おばあちゃんが大好きだったたくさんの綺麗な花に囲まれている祭壇の写真のおばあちゃんは、すごくすごくキレイだった。
おばあちゃん、ありがとう。


祖母の家では毎年お正月には餅屋に頼んだ餅でお雑煮をつくります。

69 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/11(土) 04:50
祖母の家では毎年お正月には餅屋に頼んだ餅でお雑煮をつくります。
いつもお正月には祖母の家に行ってそのお雑煮を食べていたんだけど
ある年「たまには家でお正月を過ごしたい」ってわがまま言って行かなかった年がありました。
家では母が祖母と同じようにお雑煮をつくってくれたんだけど
どこか味が違うような気がするんですね。
三が日が過ぎてから祖母の家に遊びに行ってこの事を話したら
私のために餅を残して置いたよ、と言ってお雑煮をつくってくれました。
「やっぱりおばあちゃんが作ったお雑煮が一番美味しい」と言ったときの祖母の笑顔が忘れられません。

あと何回一緒にお正月を過ごせるかわかりませんが、それ以来お正月は絶対に祖母の家に行くようにしています。
なるべく長い間、あのお雑煮を食べたいなあと思います。


電子ジャーに 残ってしまって、ちょっと古くなったご飯

716 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:04/09/13 16:09:25 ID:/wNaz6l2

祖母がボケ始めた頃、海外在住だった私は一時帰国して、和歌山まで
遊びに行きました。二年程会っていなかったのですが、以前はしゃきっと
していて厳しかった祖母が、仏さんみたいな顔で笑いかけてくれて、電子
ジャーに残っていたご飯でおにぎりをつくってくれました。「食え、食え」
と言って。
祖母と同居していて、一緒にいた従弟が「おばあちゃん、そのご飯、もう
古いんちゃうかー」と明るく言って、私の方をちら、と見て「食わんでええ」
と小声で言いました。でも私はどうしても食べたかった。だから、海苔も
塩味も何もついていない、ご飯を丸めただけのおにぎりを、口にほおばり
ました。電子ジャーの中に何日残っていたのか知りませんが、ご飯はぽろ
ぽろで変色しており、確かにおいしくなかったんですが・・・。
でも祖母が嬉しそうに私のことを見ていてくれたので、こぼさないように
頑張って噛みました。
それが祖母とのこの世での別れになりました。だから今でも、電子ジャーに
残ってしまって、ちょっと古くなったご飯を見るたびに涙がでそうに
なります。ぽろぽろのご飯の舌触りも、絶対に忘れないと思います。

https://life5.5ch.net/test/read.cgi/healing/1078990472/

人前で泣いた事のない祖父がいる。祖父の泣いてる姿を見た人は誰も居なかった。

621 名前:癒されたい名無しさん[sage] 投稿日:2006/03/20(月) 21:47:20 ID:g4KZVGKT
人前で泣いた事のない祖父がいる。祖父の泣いてる姿を見た人は誰も居なかった。あの日までは‥

祖父は何があっても泣かない。祖母が亡くなっても泣くことはなかった。
お葬式中も冷静に、ただ黙って祖母の顔を眺めていた。
皆が祖母との別れをすませ、出棺の時だった。

「待って!!」いきなり祖父は叫び車を呼び止めた。
もう一度、祖母の顔を見せてと頼み、顔を見た瞬間に初めて祖父は人前で涙を流した。

もう時間だから…と祖父を説得しても「待って、待って!」と子供のように泣き叫んでいた。
愛する人の顔を擦りながら、ワンワンと泣いていた。
時間が無いので車は出発した。祖父は、いつまでも車を追い掛けて「待って!待って」と泣き叫んでいた

火葬の時も「待って!待って!!」と泣き叫んでいた。
普段、人前で涙を見せない祖父が泣いていた。

祖母はすごく、すごく愛されていたんだと思う。幸せだったのだろう


俺は小さい頃、家の事情でおばあちゃんに預けられていた。

428 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:04/08/06 00:09 ID:MwONBliE
俺は小さい頃、家の事情でおばあちゃんに預けられていた。
当初、見知らぬ土地にきて間もなく当然友達もいない。
いつしか俺はノートに自分が考えたスゴロクを書くのに夢中になっていた。
それをおばあちゃんに見せては
「ここでモンスターが出るんだよ」
「ここに止まったら三回休み~」
おばあちゃんはニコニコしながら、「ほーうそうかい、そいつはすごいねぇ」と相づちを打ってくれる。
それが何故かすごく嬉しくて、何冊も何冊も書いていた。
やがて俺にも友達ができ、そんなことも忘れ友達と遊びまくってた頃
家の事情も解消され、自分の家に戻った。
おばあちゃんは別れるときもニコニコしていて
「おとうさん、おかあさんと一緒に暮らせるようになってよかったねぇ」
と喜んでくれた。


先日そのおばあちゃんが死んだ。
89歳の大往生だった。
遺品を整理していた母から「あんたに」と一冊のノートをもらった。
開いてみみるとそこにはおばあちゃんの作ったスゴロクが書かれてあった。
モンスターの絵らしきものが書かれてあったり、なぜかぬらりひょんとか
妖怪も混じっていた。
「おばあちゃんよく作ったな」とちょっと苦笑していた。
最後のあがりのページを見た。
「あがり」と達筆な字で書かれていた、その下に
「義弘(俺)くんに友達がいっぱいできますように」

人前で、親の前で号泣したのはあれが初めてでした。
おばあちゃん、死に目にあえなくてごめんよ。
そしてありがとう。


私は親が共働きだったから、ずっとおばあちゃんが一緒にいてくれました。

344 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[] 投稿日:04/07/20 14:36 ID:1F5P2H2h
おばあちゃん・・・。

私は親が共働きだったから、ずっとおばあちゃんが一緒にいてくれました。
我儘な一人っ子の私は、思い通りにならないとすぐ「おばあちゃんなんか嫌い!」
後で自己嫌悪しては、「やっぱり好き、ごめんなさい」と泣いて言うような子でした。
それでもいつもおばあちゃんは優しかった。

そのおばあちゃんが、小学校に上がる少し前、アルツハイマーにかかりました。
私が分からなくなって、病室にお見舞いに行った私を嫁と間違い、激しく罵りました。
子供心に、あまりにショックだったらしく、私はその時の記憶がありませんが、
その後、小学校一年生になっておばあちゃんが亡くなり、
少しした頃のことは覚えています。手紙をかきました。

「おばあちゃん、いっぱいかわいがってくれてありがとう。
 わたしはおばあちゃんがだいすきです。
 てんごくはたのしいですか。
 わたしもおばあちゃんになったらいくので、まっててね」

その手紙は今でも実家の仏壇におさめられています。
先日その事に気付き、読み返して涙が止まりませんでした。
おばあちゃんにもう一度会いたいなあ。
死んだら、会えるかな。



医学的な死と、生物としての死は違うのかも

113 公共放送名無しさん sage 2018/12/27(木) 22:53:56 RhDTxewZ
おれのばあちゃんは救急車で病院に運ばれたとき
おれと雑談して笑ってたんだけど
検査したらすでに数時間前に心臓が破裂して死んでたことがわかった
検査の直前まで笑ってたのに
どうしてもわからない


154 公共放送名無しさん sage 2018/12/27(木) 22:56:03 HXug07Z3
>>113
不思議だけども少しでもおばあ様と喋れてよかったね


162 公共放送名無しさん sage 2018/12/27(木) 22:56:27 4FoYtZoY
>>113
医学的な死と、生物としての死は違うのかも
魂はその時まだ残ってたと思うのはどう?


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つぶやき
復調しました。みなさま励ましのお言葉ありがとうございました^^


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