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じいちゃん



友達の家で子犬が産まれたというので、両親の許可を得て一匹もらってきた 昔の田舎の家によくいた、日本犬の雑種

113 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:20/12/19(土)00:16:45 ID:AII
先日、祖父の法事があったので思い出をだらだら書く

私が中学生の時、友達の家で子犬が産まれたというので、両親の許可を得て一匹もらってきた
昔の田舎の家によくいた、日本犬の雑種
当時私はヨーロッパを舞台にしたロマンチックな少女漫画にはまっていたので
どこからどう見ても和風なこの犬に「アルベール」とか「シャルル」とか名づけようとした
しかし両親と兄から「そんな恥ずかしい名前で呼べるか」と却下された
私がむくれている間に、祖父が勝手に犬を「ボーズ」と呼び始めた
子犬ゆえ家のあちこちでいたずらばっかりしていたので「いたずら坊主」のボーズである

結局、犬の名前は「ボーズ」に落ち着いた
昼間学校や仕事で家にいない私たちより
仕事を引退して毎日家で暇になっていた祖父がボーズの面倒を一手に引き受けた
押しつけたわけじゃないよ、祖父が率先してやってくれてたの

ボーズは祖父を愛して愛して、祖父が自分以外のものに興味を持つことが許せなかったようで
祖父が庭で育てていた盆栽を敵認定した
盆栽は10鉢くらいあって、庭に置いた階段状の台に乗っていたのだけど
毎晩、人が寝静まるとボーズが出動して(うちのあたりでは、犬は番犬として庭で飼われていた)
盆栽の台によじ登ったり体当たりしたりして、鉢を地面に落としてしまう
そして一晩かけて鉢を転がしたりくわえたりして運び、縁の下に隠してしまうのだ

朝、祖父が起きてきて庭に出ると、盆栽の鉢が姿を消している
ボーズは何食わぬ顔をして「おはよーじいちゃん!」と飛んでくる
祖父は「こらボーズ!盆栽をどこへやった!」と叱る
ボーズは「バレた!」とびくっとして、縁の下から鉢をくわえてくる

じきに、ボーズが攻撃するのはくわえやすい形の一鉢だけになり
もうその鉢は元が何かわからなくなった枯れ木が植わってるだけになったんだけど
毎晩ボーズはその鉢を縁の下に隠し
朝、祖父が「ボーズ!盆栽!」と言うとボーズが「でへへ!」とその鉢を持って来るというお遊びになった

そこから12年の歳月が流れ、祖父は穏やかに旅立った
でもボーズは祖父がいなくなったことが理解できない
ボーズの世話は私が引き継いだんだけど、毎朝、庭で待っているボーズに「あれ?」という顔をされる
私相手には、「盆栽隠しごっこ」も仕掛けてこない
がっくり老け込んでしまったので、外で過ごすのはしんどいだろうと家の中にいさせることにした
もういたずらをすることもなく、日がな一日座布団の上で寝ているようになった

祖父が旅立って7か月後、ボーズも虹の橋を渡った
きっと祖父に会えて喜んでいるだろう
きっと元気だった頃のように、「じいちゃーん!」とすっ飛んで行ったんだろう

でもなあボーズ、天国には盆栽よりもっと強力なライバルがいるんだぞ
じいちゃんより10年も前に旅立って、じいちゃんを待っていたばあちゃんだ


母方のおじいちゃん、おばあちゃんにとても可愛がられて育ちました。

443 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/17(火) 00:27 ID:XlbXerck
幼い頃、家が近かったせいもあって
母方のおじいちゃん、おばあちゃんにとても可愛がられて育ちました。
遊びに行くといつもおいしいものを食べさせてくれて、
欲しいおもちゃも買ってくれた。
お小遣いもいつも貰っていました。

小学校に上がる前に、親の都合で1時間ほど離れたところに引越しました。
それでも週末は必ず遊びに行っていたんです。
でも中学・高校と進むにつれ、だんだんと疎遠になっていきました。
友達と遊んだり、勉強したりするほうがそのときは大事だったから。

当時うちは貧しくて、お小遣いという習慣がない家だったので
欲しいものができたり、手持ちがなくなったりすると
祖父母の家に行って、お小遣いを貰ってたました。
ほとんどせびりに行ってただけ。
口には出さなかったけど、分かってたんだろうな・・・。


444 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/17(火) 00:28 ID:XlbXerck
高3の夏、おじいちゃんが亡くなりました。
孫には優しかったけど、おばあちゃんや子供たちにはいつも毅然として
とても厳しい人でした。
悲しかったけど、なぜか涙は出なかったんです。
どっちかっていうと、喪失感のほうが大きくて。

おじいちゃんの生前は、あんなにグチを言っていたおばあちゃん。
おじいちゃんの介護からも開放されて、ようやく余生を楽しめる時が来たのに
なんとなく、おばあちゃんが一回り小さくなったような気がしたのは
気のせいだったのかな。

大学受験を控えたその年の冬、おばあちゃんの家に行きました。
その日はすごく寒い夜で。
いつものように、帰り際最寄駅までおばあちゃんが送ってくれることになりました。
玄関を出るときにおばあちゃんは「これ暖かいんだよ」って、
同居してたいとこの黒いダウンジャケットを羽織ったんです。
でも、ジャケットはちょっと太めのおばあちゃんの体には小さくて、
今にもはちきれそうで。
その格好がおかしくてつい笑ってしまいました。
おばあちゃんも照れて笑っていました。

その時に心に決めたんです。
「大学に入ってバイトしたら、一番最初に貰ったお金で
おばあちゃんにダウンジャケットを買ってあげよう」って。
季節はずれになっちゃうかもしれないけど、
その次の冬でも着られるようにって。


445 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/17(火) 00:28 ID:XlbXerck
その数日後、年が明けて突然おばあちゃんが倒れたという知らせが入りました。
救急車で運ばれ意識不明のまま、呼吸器に繋がれ数日間。
まだ体は温かかったのに。
声をかけたら動いたと思ったのに。
結局、最後の言葉も交わさぬまま、おばあちゃんは逝ってしまいました。

最後まで、あたしの無茶な受験と体を心配してくれてたおばあちゃん。
無事に大学に合格したこと、伝えたかった・・・
大きなダウンジャケット、買ってあげたかった・・・
そして、少し大人になった自分と、同等に話をしてみたかった。

あたしの決心は今も果たされることのないまま。
わがままばかりでごめんなさい。
大切にしてあげられなくてごめんなさい。

あの日、改札で手を振ってくれた姿が、今も目に焼き付いてるよ。


酒を飲める歳になった頃、地元に戻ったとき祖父と差し向かいで酒を飲む機会が何度かあった。

537 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/10/08(月) 20:22 ID:PA39Z8II
なんだか祖父の事を思い出した。

酒を飲める歳になった頃、地元に戻ったとき祖父と差し向かいで酒を飲む機会が何度かあった。
寡黙な祖父が、その時は饒舌だった。

後に祖母に聞いたんだが、孫と酒を飲むっていうのが余程嬉しかったらしい。
亡くなる間際まで度々祖母にそのときの事を語っていたそうだ。

俺は祖父に、少しは孝行出来たのかなぁ・・・


母に毛糸の帽子を編んだ。変な形になって、母はいらないと笑った。

319 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2001/08/24(金) 03:12
母に毛糸の帽子を編んだ。変な形になって、母はいらないと笑った。
中学生だった私は結構がっくりきてしまった。ちょうど遊びに
来ていた祖父が来て、俺がもらうよ、と言って持って帰った。
その祖父は私が高校生のときなくなった。
49日がすぎて祖母が祖父の品物を片付けているときに、私の
編んだ帽子を取り出していった。
「じいちゃん、孫に編んでもらった帽子だって行って、
ゲートボールするときかぶっていってみんなに自慢してたのよ」

じいちゃん、お小遣い貰うばっかりでなんにもしてあげなかった。
今、生きていてくれたらどんな帽子でも買ってあげるのに。

男の子の母親と、「弁護士」を名乗る男性がやってきて

83 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/21(水) 15:29:22 ID:i2YQYYmY
出産のために実家に帰った時のこと。
父と母は働いているので、昼間はじいちゃんと2人。
庭に椅子を出してじいちゃんと喋ってると、小学3~4年生くらいの男の子が入ってきた。
(実家は元農家で、垣根はあるけど特に門とかはない)
じいちゃんは
「もう昼んなるから帰れ~飯は自分ちで食うもんだ~」
と言って追い返そうとしてる。男の子はすぐ傍の住宅街に越してきた子で、前にも勝手に
入ってきて盆栽の鉢を割ったり、犬の鎖を外そうとしたり、カマで窓ガラス割ったり、
色々あったらしい。
男の子は庭をウロウロしてたかと思うと、急に全力疾走、私に体当たりしてきた。
臨月で体重が15キロ増えたのもあり、倒れるようなことはなかったけど、じいちゃんは
激怒。男の子の頭をちりとりで引っぱたき、
「二度と来んな!」
と言って道路の方まで追いかけていった。
続きます。


84 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/10/21(水) 15:30:03 ID:i2YQYYmY
その日の夕方、男の子の母親と、「弁護士」を名乗る男性がやってきて、
うちの子には障害があり他の子と違う、悪気はなかった、弱者に優しく接するのが
社会のルールだ、治療費よこせ等まくしたてた。
じいちゃんは怯まず、
「他の子と違うのがわかってるんだら、何で他の子と違う教育しねえんだ。悪気がないなら
 尚更悪い、他人さまの体や心の痛みがわかんねえってことだかんな。
 弱者弱者って言うが、ホンットに弱い人間が自分のこと弱者ですってアッピールできっか?
 それから弁護士だか何だか知んねけっど、どこの弁護士事務所だ?
 お宅の会社じゃ、電話で『何時頃お邪魔してもよろしいでしょうか』ってアッポイントメントもなしに、
 相手の都合も考えず他人様の家さ突然うかがうように教育されてんのか?
 治療費なら払ってやんぞ?診断書持ってくればな。
 その前に、うちのガラス代と、盆栽代、梅五郎の小屋の修理代、払ってくれな。
 じぇーんぶお宅の坊主が壊したもんだ。証人ならほれ、隣のシゲゾウさん夫婦が
 なってくれる話になってるからよ。」
と言って追い返していた。
母親は、
「こんな田舎もう引っ越してやる!」
と捨て台詞を吐いていたが、じいちゃんに、
「あ~それがいいな~」
と言われて肩をいからせて帰っていった。
後で聞いた話によると、男の人は弁護士ではなく、母親の愛人でヒモらしく、
近所のじいちゃんばあちゃんの格好の噂のネタになっているとか。
ちなみに「梅五郎」は犬の名前です。 
私はそれから5日後、無事に男の子を出産し、しばらく実家にいたんだけど、
その間に親子は本当に引っ越していった。
じいちゃんは普段とてもゆったりした動作で、喋るのもゆっくりなのに、
男の子を追いかけた時の素早さと、母親に言い返していた時のシャキシャキした
喋り方に、とてもびっくりした出来事でした。


気の強いばあちゃんと自分がけんかした結果。。。

76 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2007/03/05(月) 19:31:49 ID:AVKSzjcs
父親はいないけど自分にとっては父親同然のじいちゃんの話

気の強いばあちゃんと自分がけんかしてむくれて
じいちゃんに愚痴ってたらぽつりと一言
「じいちゃんは50年我慢したんじゃ」

じいちゃん……忍耐の塊のような人だ


うちは母親いなくて、だらしない父親としっかり者の祖父母に育てられた。

725 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2009/09/26(土) 19:57:36 ID:Xui3aHzJ
うちは母親いなくて、だらしない父親としっかり者の祖父母に育てられた。
父親はだらしないから父親って感じがあんまりなくて、じいちゃんとばあちゃんが親だった。

今日伊勢湾台風から50年てことで、あらためてそのときのこと聞いてトタンの屋根が丘を越えていったとか
もう何度も聞いたけど、また聞いてじいちゃんがイキイキと話してくれてすごく楽しかったんだけど
今思い出して泣けてきた。まだ全然元気なのに馬鹿みたいだ。
じいちゃん「おれは生涯で家を何軒も建てた」って大自慢。自慢していい。すごいよ、うちのじいちゃん。
戦中に地震で倒れた実家を藁葺きで再建、戦後に開拓民となり山を切り開きそこで家を建てる、
伊勢湾台風で家壊れたから再建、養鶏をはじめるから養鶏場を6棟。これ全部じいちゃんがひとりで建てた。
建てたってお金払って建ててもらったんじゃない。じいちゃんが基礎から何から全部建てた。
他にも農作業とかする小屋もいくつか。
今の実家は大工になったじいちゃんの弟に30年前に建ててもらったものだけど、
トタンと板で作った小屋とかまだ現役なのもある。昔の家も物置としてまだ使っている。
ばあちゃんが植えた花がその古い家にからまるように咲いててすごくいいんだ。

あと数年後にはいないのかと思うと泣ける。つーかその後ちゃんと生きていけるか自信がない。
全然死にそうとかじゃなくて、持病があっても二人ともすっごい元気なのに。気が早すぎて自分でもおかしい。
私が子ども産んだときに「孫もかわいいけどひ孫もすごくかわいい」て言ってくれたの思い出すと号泣になる。


おれのじいちゃん、70歳ちょっと。鍼灸師。同年代のおばちゃん達に鍼してあげた結果・・・

782 名前:異邦人さん[sage] 投稿日:2010/09/02(木) 13:52:03 ID:EJ5mzDUD
おれのじいちゃん、70歳ちょっと。鍼灸師。
一度1人でツアー参加して、同年代のおばちゃん達に旅行中肩こったとかで
鍼してあげたら(無料)、めちゃくちゃ喜んでくれてたまたまそのおばちゃん達が
同じ関西圏に住んでいたことから、
その後どっか旅行に行く度に声がかかる様になった。
鍼のお礼として1人分追加料金を払ってくれるし、気があうのか
自由行動の時も一緒にいるらしい。
それからずっとおじいちゃんそのおばちゃんグループ(3,4人)と
海外行くようになった。
今で国内も含めて4,5回一緒に行ってる。

おばあちゃんはもう昔に亡くなってるし、ツアーといっても1人参加はちょっと
心配だったし、おじいちゃん楽しそうに
いってるのでよかったと思う。


うちのじいちゃんも2ちゃんの生活板とかに入り浸ってるよ。 86歳だけど。

222 名前:なごみ[sage] 投稿日:2007/03/15(木) 21:00:44 ID:Krdc/Uaw0
やっぱりお年よりもいるもんなんだね。
うちのじいちゃんも2ちゃんの生活板とかに入り浸ってるよ。
86歳だけど。
ハゲヅラ板で
「バーコードはみっともないからやめろ。男らしく剃れ」
ってレスしてた。


223 名前:なごみ[sage] 投稿日:2007/03/15(木) 21:04:48 ID:pz5gbROW0
>>222
じいちゃんカッコヨスw


私をかわいい孫だと思ってくれていたんだ

239 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2008/10/18(土) 00:52:23 ID:PZuG8z03
このスレ来ると絶対目が潤んでしまう
いい話かどうかわからないけど投下。文章下手。

母方の祖父は叔母(母の妹)と二人暮らしだった。
叔母が色々問題のある人で、隣の市に住んでるんだけど母以外のうちの家族とはお盆と正月ぐらいしか会わなかった。
ある日、祖父が入院したと母から聞いた。もともと病気がちな人だったからまたか、ぐらいにしか考えてなかった。
3ヶ月ぐらい経った頃、病院から帰ってきた母から「もう駄目かもしれない」と言われた。
次の日は家族全員でお見舞いに行った。そしたらもう祖父の状態は想像以上で、
いろんな管に繋がれてるわ、無呼吸状態が長いわ、たまに目は開くけどたぶんもう別の世界を見ている感じで
とにかくすごくショックだった。

数日後祖父は亡くなってしまった。
「おじいちゃん元気だった頃ね、お母さんがおじいちゃんの家行くとね、絶対お兄ちゃんじゃなくて『○○(私)ちゃんは元気か』って聞いてきたんだよね。」と、後から母に聞いた。
父方の祖父母は私の兄貴ばっかりを可愛がってて私はよく不貞腐れていたんだけど
あまり会えなくても、祖父はちゃんと私をかわいい孫だと思ってくれていたんだと思うとうれしいのと同時に
もっと会いに行って孝行してあげたかったなと後悔。
おじいちゃんとの思い出は、
小さい頃ストーブに触って火傷したら観葉のアロエを引っこ抜いて指に巻きつけてくれたこととか、
めったに会えないからって小学3年のときにお年玉を1万渡そうとして母に怒られたりと和む思い出しかない。


痴呆になった祖父「兄ちゃん兄ちゃん」

619 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2020/05/28(木) 20:35:07.15 0
祖父の兄が学徒出兵で帰らぬ人になったんだけど
同じ学校に行った婆弟の制服姿見て痴呆になった祖父が「兄ちゃん兄ちゃん」って子供みたいに喜んで
看護師さんも祖母も食べさせられなかったご飯も弟が食べさせると素直に食べるので
弟は毎日病院に通ってたわ土日は一日中病院にいた
あの制服のデザイン戦前からほとんど変わって無いのよね


625 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2020/05/28(木) 20:35:47.05 0
>>619
泣けちゃった


636 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2020/05/28(木) 20:37:18.58 0
>>619
泣けるわあ


677 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2020/05/28(木) 20:44:21.15 0
>>619
弟優しい子


両親とも蒸発してしまい、小さかった私と弟を引き取り育ててくれた祖父

623 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/10/17(水) 16:57 ID:kaRfFi63
両親とも蒸発してしまい、小さかった私と弟を引き取り育ててくれた祖父
ギャンブル好きで口が悪くて手もあげる人だったけど、末期の胃ガンで余命残りわずかになり入院生活を送っていた時
もう自分で爪を切る事もできなくて、弟と二人で切ってあげてたら
「二人とも大きくなったなぁ…」って今まで見た事ないような笑顔で言ったの。そんな事絶対言わない祖父だったのに…
告知をしないまま、その2ヶ月後に亡くなった。
今度生まれ変わるとしたら、また祖父の子供になりたい。不器用だったけど、たくさん愛してくれてありがとう


じいちゃんが某伝統工芸の職人なのだが、最近あるフランス人と取引した。

638 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2007/10/22(月) 12:28:13 ID:7xKoCPOZ
じいちゃんが某伝統工芸の職人なのだが、最近あるフランス人と取引した。
向こうでコスプレに使われたみたいで、謝礼の手紙に
同封されてたコスプレ写真見てたまげていた。
しかしやはり海を越えたのは嬉しいらしく、
「オレのところに青い目の弟子とか来ちゃったらどうしよう。なんちゃってな」
と話を飛躍させながら喜んでた。


夜、雪が降ってるにもかかわらず、じぃちゃんが外に出て行って、どんどん後ろ姿が小さくなって行く。

396 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/11/30(月) 22:11:58 ID:N9EVqvVPO
霊体験ではないけど、ちょっと不思議な話し。

高校3年生の時に一緒にくらしてたじぃちゃんが亡くなった。
しばらくの間、ちょくちょく夢に出てきてたんだけど、高校卒業間近に見た夢は不思議な夢だった。

夜、雪が降ってるにもかかわらず、じぃちゃんが外に出て行って、どんどん後ろ姿が小さくなって行く。

私『あのね、私、就職きまったんだよ!(実際決まったばかりだった)』

じぃ『そうか!良かったな~!頑張れよー』

私『うん!でも、こんなに雪が降って寒いのにどこいくの?』

じぃ『じぃちゃんなぁ、もう修行に行かなきゃならんのだわ…』

と言い残し雪の中を歩いて行きました。
それ以来、あんなに頻繁に見ていた夢も見なくなりました。
今思えば、なかなか就職が決まらない孫が心配で、あちらの世界に行けなかったんでしょうね。
良かったな!って言ってくれた時の嬉しそうな顔がいまだに忘れられません。

長文のうえ、携帯からのかきこスミマセン。


駅の階段を降りて改札に着いたら、改札は昔から変わらないまんまで

166 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2020/02/28(金) 21:05:19.92 ID:wZeNDipk
昨日と今日じいちゃんのお葬式だったのね
じいちゃんの家は実家から電車で10分くらいのところにあって
小さい頃は毎週のように遊びに行ってた
大人になってからは行く頻度は少なくなってたけど去年と一昨年は婚約者も連れて挨拶に行ってた
数年前に倒れて入院してから認知症になってあんまり人の名前とか出てこなくなったけど
会話はできるし穏やかで優しいじいちゃんだった
もう90過ぎていたからいつお迎えが来てもおかしくないとは思っていた
湯灌の時や納棺の時は悲しくて泣いたけど終わればすぐ気分も切り替えられた
ところでじいちゃんの家は最寄駅2つあって、小さい頃はA駅からよく行ってて
大人になってからは新しくできたB駅から行ってたのね
今日火葬を終えて式場から駅に向かうのにA駅の方が近かったからなんの気なしにA駅に行ったの
久しぶりにA駅付近を歩いたけど街並みはすっかり変わってたのね
でも駅の階段を降りて改札に着いたら、改札は昔から変わらないまんまで、
小さい頃じいちゃんの家から帰る時に改札までじいちゃんが送ってくれて、
いつもこの改札でまたねって言って帰っていた時の記憶がタイムスリップしたみたいに蘇ってきて
それから悲しくて堪らない


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