ほんわかMkⅡ


 □おすすめ
 □更新情報

ほんわかMkⅡです。2ちゃんねるまとめサイト。元ほんわか2ちゃんねる。

ヘッドライン

おじいちゃん



おじいちゃんが亡くなって数日経ったある日に、俺はおじいちゃんと会った

221 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 01:34:50 ID:UkgvnPr90 [1/3]
酔っ払った勢いで初投稿
俺は幽霊とか信じてなかったけど、この体験してから魂とか人の心とかは残るのもかもしれないって思った。

俺のおじいちゃんが、今年94歳で亡くなった。
生前は尊敬するおじいちゃんで、戦中はガタルカナルにも行って帰って来たんだそうだ。
戦争の話しを子供の頃は聞きたがったけど、どっかの島で猿をペットにしたとか楽しい話しは色々聞かせてもらったけど、
戦争そのものの話しは絶対にしてもらえなかった。
今思うと、辛かったのかなって感じるけど、俺はおじいちゃんの思いの幾ばくかでも、知ったかぶりしちゃいけないと思う。

そんなおじいちゃんは、旅館を経営していて、俺が夏休みに遊びに行くと外国の人が結構泊まってた。
今になって聞くと、おじいちゃんは海外の人たちとすごく盛んに交流してたんだって。
当時、ネットなんてないのに一体どうやって知り合ったのか不思議だった。

おじいちゃんは、死ぬまでずっと、一本の軍刀を大切にしてた。
それを見る度に俺に「これは誇りではない。戒めだ」って俺に言ってた。
だから亡くなる数年前に、一族で金出し合って沖縄旅行へ連れて行ってあげられたことは、多分、俺からすると親孝行ならぬ祖父孝行になったのかな?とか傲慢にも思ってる。
ひめゆりの塔に、おじいちゃんは一人にさせてくれって、一日中いたんだって、後で聞かせてもらった。
俺にも何となくだけど、おじいちゃんの気持ちが、ほんの少しだけ分かるような気がした。

おじいちゃんは、最期まで気丈な人だった。
突然倒れて入院して、1ヶ月は持たないって言われたのに1年以上頑張ってくれた。
一回は帰宅も出来るかもって言われたんだけど、おじいちゃんは「迷惑になる」だって。
そんなこと言わずにって、帰宅準備を始めようって頃合いを見計らうようにして、おじいちゃんは亡くなってしまった。
本当に、失礼だけどコロリと。
遺言通り、心臓マッサージも人工呼吸もしなかった。
もしかしたら、それやってたら、もっと長生きしてくれてたかもとか思うと心残りだけど、おじいちゃんはきっと幸せだったと思う。


222 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 01:35:52 ID:UkgvnPr90 [2/3]
どうして幸せだったかと思うのかと言うと、おじいちゃんが亡くなって数日経ったある日に、俺はおじいちゃんと会ったから。
俺は超現実主義者だったから、幽霊なんてのは信じてなかった。
今ももしかしたら、幻だったのかも知れないと思うけど、きっと違うと思う。

俺が朝目が覚めると、俺の部屋の隣が仏間なんだけど、そこでワイワイ結構な人数の声がする。
誰だろうって起き上がって見に行くと、テーブルを取り囲むみたいにして、若い男の人たちがいっぱい座ってた。
誰だよ・・・と思うよりも先に、俺はその中におじいちゃんの姿を見つけていた。
おじいちゃんは、すごく若返っていて、他の人たちと同じに軍服みたいのを着てた。
どうして、おじいちゃんが分かったかって言うと、おじいちゃんに戦時中の写真を色々見せてもらってたから。
・・・ってのもあるけど、おじいちゃんは年取っても若い頃と同じような顔をしてたってのがある。

俺の姿を見ると、座ってた男の人たちが「おー」とか「やー」とか言い出して、おじいちゃんが立ち上がった。
名前分かんないけど帽子かぶったおじいちゃんは、すっごい凛々しくて、なんか目がすごく綺麗だった。
俺に一歩近づいて「今日は仲間連れてきた」って言って、そうすると全員が立ち上がった。
「これからコイツらと飲みに行く」とか言うと、全員がすごく豪快に笑って、その笑い声の中、おじいちゃんが俺の手を取った。
すごく温かくて、おじいちゃんの手の感触で、俺は恥ずかしいけど涙出ちゃってしょうがなくて
それでおじいちゃんは言った。


223 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2010/09/08(水) 01:36:34 ID:UkgvnPr90 [3/3]
「どうか、どれだけ裏切られても、どれだけ苦しく悲しい思いをしても、諦めないで欲しい。世界中の人たちと我々は友達になることが出来る。我々には出来なかったが、皆は焦りすぎているだけなんだ」

そして、グッと握手されて、じっと目を見た。
俺はどうしても、あの目を忘れられない。
青空みたいな瞳だった。

その言葉の後、おじいちゃんは手をそっと離して、みんなの所へ歩いて行くと、みんなビシッと敬礼して、「ゆっくりこいよー」とか「まかせるぞー」とか言う声が聞こえた。
その直後、俺はベッドの中で目が覚めた。

俺は幽霊とかは信じてなかった。
心霊とか言うのも信じてなかった。
でも、あの時に握った手の感触と、言葉だけは忘れることが出来ない。
きっと幽霊とか魂ってのは俺たちの中にあるものなんだと思う。
俺の中におじいちゃんや、色んな人の思いが受け継がれているんだと思う。

こんな話し酔っ払って話しても笑われるだけだし、どこに書けばいいのか分かんなくて、ここに書かせていただきました。
過去スレ読ませてもらって、何となくここなら、おじいちゃんに言葉が伝えられるような気がしたんだけど、何書いていいか分かんない。
「がんばります、ありがとう」ってぐらいしか思い付かない。

おじいちゃん、向こうで見ててくれてるのかなあ
俺、こんなヤツで酔っ払ってるけど、おじいちゃんのこと大好きだったよ
がんばって、おじいちゃんたちの魂とか無駄にしないように頑張るよ

好きだったお酒と甘いお菓子、今度お供えするよ、おじいちゃん

スレ汚し失礼しました


おじいちゃんはいつも山の手入れをしてた

330 名前:彼氏いない歴774年[] 投稿日:2008/11/28(金) 05:47:42 ID:sjA5IdmW
かなり長くなるけどこの場を借りて投下させてください。

おじいちゃんの家には庭に小さな山がある。おじいちゃんはいつも山の手入れをしてた。その作業の途中、誤って転落してしまい、手首と足を骨折してしまった。
おじいちゃんの家はものすごく田舎で、近くに病院が無い為、町の総合病院に入院になった。
おじいちゃんは家に帰りたがっていたが、完治するまで帰宅許可が出なかった。
私は一週間バイトの休みをとり、電車で4時間かけておじいちゃんの家に行き、毎日病院へお見舞いに行った。
口数の少ない性格のおじいちゃんの隣で何を話す訳でも無く、ただ漫画を読んだりしていた。そして家に帰る最後の日、ご飯の時間になり私もパンを買って来て一緒に食べた。
おじいちゃんは『喪子と一緒にご飯食べれて嬉しい。』と言ってくれた。『またいつでも食べれるよ』と言って私は帰った。
だがそれから2ヶ月経っても退院する事が出来なかった。
入院生活が長くなり、おじいちゃんは痩せ細ってしまい、もう自力で起き上がる事も出来なくなったからだ。
またお見舞いに来た時、そんな寝たきりになってオムツをしているおじいちゃんの姿を見てショックだった。
その半年後にはもう食事も自分で食べられなくなって、腕に点滴が刺さっていた。
あの時の食事が最後になってしまった。

331 名前:彼氏いない歴774年[] 投稿日:2008/11/28(金) 05:50:33 ID:sjA5IdmW
そのお見舞いから2週間後、バイト先におじいちゃんは昏睡状態になり、危険な状態だと母から連絡があり急いで車で高速を飛ばし病院へ向かった。
おじいちゃんは酸素マスクをして、目には乾かないように濡れガーゼがかけられていた。
おばあちゃんが私に
『おじいちゃん、いつも喪子の事話してたよ。夜遅くまで仕事して体は大丈夫かとか、ご飯は食べれてるかとか。喪子に会いたい。って。』と話してくれた。
私はパンパンにむくんで冷たくなったおじいちゃんの手をひたすらさすりながら、後悔した。
家から遠いのと、一人暮らしをしてた為生活がありバイトを休む事が出来ず、結局お見舞いには数える程しか行けなかった。


その日の朝方おじいちゃんは死んだ。

お通夜の日、おじいちゃんの家のタンスからクッキーの缶を見つけた。中には小さいアルバムがたくさん入っていた。私の小さい頃の写真や入学式の写真だった。
私はそれを見ながらいっぱい泣いた。
私はおじいちゃんに与えてもらうばかりで何も出来なかった。
今更そんな事に気付いてももう遅い。悔しくてただ泣いた。


それから私は介護の勉強をしてる。
おじいちゃんに出来なかった事、出来るだけ多くのお年寄りにしてあげたいと思う。


受験と重ならないように、卒業式に出られるように計らってくれたのかもしれない

802 名前:大人になった名無しさん[sage] 投稿日:2007/07/23(月) 19:46:39
単身赴任していた父は、父の父、つまり私のおじいちゃんが亡くなると2週間程だろうか。長い休暇を取った。
やることは山積みで、死んで3日くらいは葬式やら会場やらの手配で忙しくしていたし
祖父の一人暮らしの部屋を片付けたり届けを出したりいろいろ大変そうだった
祖父が死んだのは3月9日。その数日前には私の高校受験があった。
もしかしたら…おじいちゃんが受験と重ならないように、お父さんが卒業式に出られるように
計らってくれたのかもしれない…と密かに思っている。

父の長い休暇もいよいよ明日で終わるという日、家族でスーパー銭湯に行った。
私が風呂から上がると、すでに父はビールとつまみで一杯やっていた。
軽食スペースの真ん中に置いてあるテレビから、映画の宣伝が流れた。アメリカのクレイアニメだった。
「おじいちゃんが生きてたら、○○(私)と兄ちゃんと一緒に観にいってたかもなぁ」
父は、そう呟くと、顔をゆがめることもなく、目からポロっと涙を流した。
肩にかけたタオルで、まるで風呂上りに顔を拭くみたいにして、涙をぬぐっていた。
私は初めて、お父さんがそんな風に泣くところを見た。
まるで遠くを眺めるみたいな瞳からこぼれてきた涙は、大人の涙とは思えないほど自然体だった。

おじいちゃんに、ディズニーの映画に連れていってもらったことがある。
中1か2くらいだった。お兄ちゃんと一緒に行った。
ちょっと照れがあったけど、グッズを買ってもらったり、カツを食べに行ったりした。元気だった頃。
映画が好きなおじいちゃんっていうのが、センスが良くて好きだった
昔は警察で、殺人事件の捜査をしてたっていうおじいちゃんが、めちゃくちゃかっこよくて好きだった。

父の弟、私のおじさんが困った人で、おばあちゃんも困った人で、お父さんは今も大変そうだ。
あの日見た穢れない涙が、お父さんの脆さを語るようで、いつか折れてしまわないか不安だ。

不精なもんで、仏壇に手を合わせることも滅多にないけど、今日はちゃんと向かいあおうかな

うん、別に泣けないですね、ごめんね


祖父は亭主関白。 仕事大好きで、唯一の趣味がタバコと野球観戦だった。

744 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2009/07/30(木) 22:20:15 ID:LE3KPtkbO
この間法事があり懐かしくなったので書き込む。

中学2年生のとき、祖父が亡くなった。
普段は無口で、昔の人だから亭主関白。
仕事大好きで、唯一の趣味がタバコと野球観戦だった。
子供(私の父や叔母さん)にとってはめちゃくちゃ怖い父親だったらしいけど、
初孫の私のことは溺愛していて、すごく心配性で優しいおじいちゃんだった。
私もそんなおじいちゃんが大好きだった。
ベビースモーカーだからか肺とか呼吸器系をやられてしまって、咳とかひどくて、夜もあまり熟睡できてなかったらしい。
でも病院が大嫌いな人だったから、治療をほとんど受けず
「そろそろ強制的にでも入院させないと…」と家族が医者から言われてたところで、コロッと逝ってしまった。

その日は夏休みの途中の登校日で、私だけがおじいちゃんの最期を看取ることができなかった。
学校から帰ってきて愕然とした。
前日まで自分で車を運転して仕事場へ行ってたのに、こんな急に亡くなるなんて。
身近な人の死に接したのは初めてだった。


続きを読む

何故こんな事を今日まで忘れていたんだろう。 ごめんねおじいちゃん。

163 名前:ゲームセンター名無し[sage] 投稿日:04/03/12 00:00 ID:???
「いい話セレクション」
小学生の時の話。
うちは共働きでよく俺はおじいちゃんに預けられていた。
そんな時、たまにおじいちゃんは俺をゲーセンに連れていってくれたのさ。

コインゲームで11クレ100円の時代。
おじいちゃんは俺に100円玉をくれるんだけど、ガキだから下手ですぐ終わっちゃう。
もう100円、もう100円という内に、いつもおじいちゃんの小さな財布を空にしてしまった。
そんなに無駄遣いしたって事がばれたとき、いつもおじいちゃんは俺の親父(つまり息子)に凄く怒られた。
大柄な親父とやせたおじいちゃん。
おじいちゃんはずっとへこへこ謝っていた。
それでもおじいちゃんは俺をゲーセンに連れて行ってくれた。
そしてまた怒られる、その繰り返し。

何故こんな事を今日まで忘れていたんだろう。
ごめんねおじいちゃん。
おじいちゃんが死んだ時、何もしてあげられなかった。
そばで手を握っていることもできなかった。
俺は。感謝の言葉たった一つさえ、最期に伝えられなかった。
ごめんね。本当に大好きだよ。心からそう思う。



おじいちゃんと柴っぽい雑種のわんこが歩いているのとすれ違った

452 名前:スペースNo.な-74[sage] 投稿日:2010/04/07(水) 17:47:03
先週末、近所の公園に花見に行った
わりと広い場所が休日はドッグランとして解放されてて、もちろん普通の人も入れる
周囲には沢山の桜があるので、犬と遊ぶ人や桜を見る人でいっぱいだった

そんな中、一人のおじいちゃんと柴っぽい雑種のわんこが歩いているのとすれ違った
わんこは自分のリードを引きずらないようにクチに加えてて、おじいちゃんの歩みに会わせてぴったり
ついていたので、賢いねー躾がすごいねーと友人達と話していたら、どうも聞こえていたらしく

おじいちゃんが立ち止まる→わんこも立ち止まる
おじいちゃんが歩き出す→わんこも歩き出す
おじいちゃんが座る→わんこも座る

みたいな芸を、こちらに背を向けたままで数回も披露してくれたw
おおーええ子やーすごいすごいーと我々も盛り上がってしまった

おじいちゃんは最後までこっちには顔も向けなかったし会釈も挨拶もなかったけど、
去っていく足取りがちょっと弾んでたw


4歳ぐらいの女の子とおじいちゃんが目の前までやって来た。

17 名前:名無しの心子知らず[sage] 投稿日:2006/09/14(木) 03:31:51 ID:hPneOxl9
1歳2ヶ月の娘と二人で週末を実家で過ごした帰り

実家から自宅まで電車乗り換えして1時間かかる。
お昼寝時間を選んで乗ったつもりが、事故の影響で2時間近くかかってしまい
電車を乗り換えてすぐの頃にお目覚め。
寝起きは機嫌が悪くて、ぐずぐず言い出し
抱っこしようとしても、膝の上に立ち上がって甲高い声で叫びだした。
まだ降りる駅まで10分以上あるけど、止まる駅はないし
乗客の視線は娘に集中してて痛い・・・

申し訳ないなぁと必死にあやしていると、端っこの方で子供の大声
あ~、うちの子がうるさいから、他の子も刺激しちゃったか orz
と、さらに慌てていると
その声の主らしき4歳ぐらいの女の子とおじいちゃんが目の前までやって来た。
「うちのがね、赤ちゃん泣いてるよ!って心配してるんですよ」
とおじいちゃん。女の子は恥ずかしそうにしながら笑っている。
突然の女の子の登場に泣き止む娘。
結局降りる駅に着くまでの間、二人が色々あやしてくれたお陰で
機嫌よく過ごす事ができました。

おじいちゃんも女の子も感じが良くて、押し付けがましくもなくて。
ささやかな事ですがちょっと嬉しかった出来事です
乱文失礼しました


私の家は小さなころから共働きで 祖父母に育ててもらっていました

789 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/11/06 17:59 ID:4vx4TZsn
涙がでそうです

私の家は小さなころから共働きで
祖父母に育ててもらっていました
私は劣等生で祖母によく怒られていましたが
出来の悪い孫がかわいかったのか
祖父はとても私のことをかわいがってくれました

中学生のときに父(祖父にとって息子)が病気で他界しました
そのことは、10年くらいたった今でも
私の中でうまく整理がつかないのでおいておきます。
父がいなくなってから、数年後、私が大学生になり
もう少しで実家を出てひとり暮らしをしようとする頃、
祖父は軽い病気になりました
命をおびやかすような病気ではなかったですが。
病院にお見舞いに行ったら、祖父は笑顔で迎えてくれ、
いろいろ話したあとに
「オレは長生きをしないといけない。○○(私の名前)ちゃんが
お嫁に行くときに、もし教会で結婚式を挙げるようなことになったら
○○ちゃんのお父さんはいないから一緒に歩く人がいない。
オレは必ず一緒に歩く」
と言って笑ってくれました。泣きました。

それ以来、私が結婚するときは(まだまだ予定はないですが)
必ず教会で結婚式を挙げ、祖父とバージンロードを
歩こうと決めています。

今でも、そんなに私の将来のことまで考えてくれている祖父を
思うと感動して泣きます。
おじいちゃん、大好きです。


祖父は早くに両親を無くし、男手一つで兄弟を育て上げた人。 他人にも自分にも厳しい人だった。

714 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:01/10/29 03:49 ID:ZVlXiygC
母方の祖父が無くなった時の事を思い出した。
祖父は早くに両親を無くし、男手一つで兄弟を育て上げた人。
他人にも自分にも厳しい人だった。
もちろん身内にも厳しくて、母が下の子を出産する時に、弟が祖父の家に3日ほど
預けられた。弟は甘えん坊で予防注射のときは泣きまくるし、
握り箸でご飯は食べるし、もうやり放題。
祖父はどうやったのか、たった3日の間に躾し直して弟を帰宅させた。
母はビックリしてた。私も幼稚園だったけど、よく覚えてる。
その祖父が肝臓ガンになった。
医者ももう長くは無いと判断したのだろう、そろそろ親しい人を呼んでください、
ということになった。
私は病院に駆けつけた。でも、祖父が亡くなるなんていう実感なかったし、
普段から厳しくて頑固な人だったから、少し近寄りがたかったし、
病気のせいか、少しボケて私の事を母と間違えるし、はっきり言って会うのが
億劫だった。
そんな祖父が私を見るなり、

「キレイになったなぁ~!」

ビックリした。

おじいちゃん、楽しみにしてくれてた私の結婚式、間に合わなくてごめんね。
おばあちゃんには、きっと見せてあげるから。
私の結婚式見るまでは死ねない、って普段から言ってるし。(笑


道端に子猫が1匹落ちてた。 うちは賃貸で飼えない。

672 名前:名無しさん@どーでもいいことだが。投稿日: 2000/11/21(火)

夏ごろのこと。

道端に子猫が1匹落ちてた。

うちは賃貸で飼えない。

途方に暮れて眺めていたら、見知らぬおじいちゃんが来て、
そおっと掬い上げてくれた。

「チビさん、ワシが生きてる間だけやで…」

家へ帰って、少し泣きました。


当方14歳のガキですが自分の思い出話もひとつ。

325 名前: [] 投稿日:02/04/09 00:00 ID:2PPCHgDU
当方14歳のガキですが
このスレみて泣きまくったので
自分の思い出話もひとつ。
父方の祖父は長男である私を非常にかわいがってくれて
よくせなかにおぶって庭を散歩してくれたりした。
それから何年もたってほとんど話もしなくなって、
何気なく栃木県に旅行に行ったときに買ってきた
孫の手をプレゼントしたらとても喜んでくれた。
それから2年後の僕が12歳のときに他界。
あっけなすぎて全くショックもなかったのだが、
棺桶の上に2年前にプレゼントしたその孫の手が
丁寧に置かれているのを見て、一気に泣いてしまった。
おばあちゃんはまだ生きているけど、
毎日その孫の手を使ってくれていたらしい。
たった500円ほどの孫の手だけど、
死んでしまってからやってもらったことを思い出して
ああ、もっと話したかったと思ってるよ。
遊んでくれたこと、みんな覚えてるよおじいちゃん。
見せられなかったけど、いい中学にも入ったし幸せになるよ。


なんかよく分からんが嬉しくてたまらなかった

691 名前:彼氏いない歴774年[sage] 投稿日:2012/03/10(土) 02:30:33.92 ID:UdIiew0V
電車内で見た、お洒落で品のいいおじいちゃんと一緒に居た孫らしき女の子
仲良く座ってお話してて、じいちゃんとお出かけかーいいなーって見てた
だが駅に着いて、開く扉とは反対側の扉の前で立って開くのを待ってる女の子。
じいちゃんに
「○○そっちじゃないよ、こっちが開くんだよ」って言われて
ハッΣ三 ゚Д゚)として振り返り(本当にこんな顔してた)
「ううん知ってるよ!こっちで景色見てただけだよ!知ってたんだよ!」って
必死で言っててすごく和んだ。
笑顔のおじいちゃんと慌ててついていく女の子を見守る乗客の人達も
つられてニコニコしてて、ああ平和だなーとか思っちゃったよ
なんかよく分からんが嬉しくてたまらなかった
歳取ったのかな


娘(当時4歳)は祭壇を見てひとこと。 『あれ、誰のハピバースデーなの?』

636 :愛と死の名無しさん :2005/11/18(金) 20:19:12
私の祖父の葬儀の時のこと。
読経も始まり、皆俯いて
故人をしんみり偲んでるところを
娘(当時4歳)は祭壇を見てひとこと。

『あれ、誰のハピバースデーなの?』


固まる周囲。
慌てて『あれはハピバースデーじゃなくて
おじぃちゃんへのお供えなんだよ』と娘に説明。
えーでもお花とか果物があるし・・・と
納得いかない様子の娘。

前にいた伯母が『おじいちゃんが天国で
初めて迎えるお誕生日だからね』と
フォロー入れてくれた時、不覚にも泣いてしまった。
伯母さん、本当にありがとう。


637 :愛と死の名無しさん :2005/11/18(金) 23:48:33
まあ4歳じゃ笑い話で済まされるレベルだから大丈夫だろ。
じいちゃんもあっちで聞いてて笑ってたんじゃないか。


638 :愛と死の名無しさん :2005/11/20(日) 13:02:04
4歳ならしかたないかもな。
でも確かに伯母さんGJ。


639 :愛と死の名無しさん :2005/11/21(月) 11:49:35
伯母さんに感動した。いい人だなぁ


子供の頃住んでた家は工業地帯の団地。春先に必ず鶯が鳴いていたから きっと梅の木もあると何となく思ってた。

823 名前:なごむ[sage] 投稿日:2008/02/28(木) 19:49:02 ID:sFoEbXQy0
鶯で思い出した。

子供の頃住んでた家は工業地帯の団地で、団地の近くに昔からある古い家があった。
庭も納屋もあるような家で、春先に必ず鶯が鳴いていたから
きっと梅の木もあると何となく思ってた。
鶯の声を聞くと「春が来たんだなぁ」と子供ながらに思いっていた。
中学3年になり、身長も伸びたので垣根の向こうの庭も見えるようになったある日
鶯の声が聞こえたので庭をこっそり覗いて、鶯はどこかと梅の木を探したら
縁側でお爺ちゃんが、鶯笛を吹いてた。
私と目が合ったお爺ちゃんは、ばつが悪そうに笑った。
15年間、本物だと思ってた鶯の声は、お爺ちゃんの笛だった。
実は、大人達はこの事をみんな知ってるらしく
子供達が喜ぶからと、お爺ちゃんが何年も春先に吹いてただけだった。
昔は本物が来てたんだけど、工場が増えるにしたがって空気が汚れていなくなっちゃったんだって。
でも、春に聞こえる鶯の声も知らないで育つ子供達は可愛そうだからって
お爺ちゃんが天気のいい日に、縁側でずっと吹き続けてくれてたんだ。

大人になったからもう分るけど、笛と本物はだいぶ違う声だ。
でも、私にとってはあの声が、春に梅の木で鳴いていた鶯なんだ。
私はもう違う土地に引っ越して、お爺ちゃんの鶯は聞けないけれど
今いるこの土地も鶯来ないから、鶯笛練習してみようかと思う。


近所で神憑りに可愛い子犬を拾った 飼いたい旨を先ず母親に嘆願

487 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:2008/10/27(月) 11:50:00 ID:kOPJ5k6C
父親ではなくおじいちゃんなんだけど、母子家庭で祖父母同居だったので…

小学生の時、近所で神憑りに可愛い子犬を拾った
飼いたい旨を先ず母親に嘆願
『おじいちゃんの許しが出れば私は文句ない』
本丸の前に祖母を味方に付けるべく嘆願
『お父さんに聞きなさい』

orzムリニキマッテンジャン

恐る恐るおじいちゃんの元へ
『だめだ!お前に面倒見れるわけない』

母親と祖母になだめられ、泣く泣く退散
とりあえず今晩は家で保護
明日保健所…フラグ

翌日ションボリしながら学校から帰宅すると、何やら庭で日曜大工のおじいちゃん
見ると二畳はあろうかという広さの半分屋根付き扉付きの『檻?』
しかも下半分はブロックをコンクリで固めてある本格派
何をしているのかおじいちゃんに聞くと、

『お前の弟の部屋だ』

俺は一人っ子
涙が出た


    読者登録
    LINE読者登録QRコード
    つぶやき
    みんなありがとう(*´∀`)



    RSSなど結構むちゃくちゃになってたのでご迷惑かけた方すみません。
    また、ウチ抜けてるぞ!とかアクセス来なくなった!って方はご連絡くださいね。
    外したわけではなくたぶんミスってます。。。
    相互ご希望の方もどうぞ~
    ツイッター・メールどちらでも結構です。
    ちょいと手直し
    2021/11/1
    管理人A




    ついったーでほんわかMkⅡ

    リンクとかの事はこちらに
    あばうとほんわかMk2
    まとめサイトさま最新

    あんてなさま最新
    amazon+
    ラジエーションハウス 6 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL)


    ガイシューイッショク!(1) (ビッグコミックス)


    比羅坂日菜子がエロかわいいことを俺だけが知っている。(2) (電撃コミックスNEXT)


    ド級編隊エグゼロス 1 (ジャンプコミックスDIGITAL)

    最新コメント
    アクセス



    あんてなさん


    カテゴリ別アーカイブ
    月別アーカイブ
    スポンサードリンク
    • ライブドアブログ