ほんわかMkⅡ


 □おすすめ
 □更新情報

ヘッドライン

おじいちゃん



亡くなった祖父が大好きだった オシャレなおじいちゃんで、常に帽子とセカンドバッグ、コロンを愛用していた

852 名前:名無しさん@おーぷん[] 投稿日:19/09/28(土)21:25:36 ID:fB.ms.L1
私は亡くなった祖父が大好きだった
オシャレなおじいちゃんで、常に帽子とセカンドバッグ、コロンを愛用していた
だけど、葬式の時に一緒に入れて燃やしちゃったから、もうどんなコロンだったのかわからない
いつかわかるといいなぁ、とのんびり探してた
そしたら偶然、今日新しくやってきた業者のおじさんから同じコロンの匂いがした
隣を通った時にふわって香ったの
あ、おじいちゃんの匂いだ!ってすぐにわかった
でも初対面だし、そんなプライベートなことは質問出来ないじゃん?
ちょっと仲良くなれたら質問しよう、なんて思いつつ、恙無く対応終了
勤務終了後、休憩室で後輩と喋ってたら「新しい人、加齢臭きつかったですねー」って
私がずっと探してたコロン、加齢臭だったみたい
おじいちゃんの思い出の匂いは加齢臭
ちょっとショック


おじいちゃんの獲ってきてくれた魚の名前なんて覚えてないけど

938 名前:名無しさん@1周年[] 投稿日:2000/07/14(金) 22:12
勤務中なのにこのスレッド読み始めてこんな時間になってしまった。
いま頭の中では死んじゃったおじいちゃんのことで一杯で、目もうるうるです。

初孫の私が帰省すると必ず船を出して魚をとってきてくれました。でも、おじいちゃん
は食べずに、自分の横で日本酒をずーと飲んでました。
「おじいちゃんも食べやー」と言っても「うん」とか「ああ」しか言わない。
でもずーと横にいてくれる。自分が大学生になるころにはもう船にのることも
無くなったけど、自分が一緒にお酒に飲むことができた。そんなベラベラしゃべること
なんてないけどずーと一緒に飲んでた。
おじいちゃんの通夜のとき、朝までおじいちゃんの横で一人で飲んでました。
おじいちゃんの獲ってきてくれた魚の名前なんて覚えてないけど、ただただ
おいしかったことしか覚えてない。
あー、あかん会社で泣きそう。


おじいちゃんのチャーハンが食べたくって

858 名前:うり[] 投稿日:2000/06/28(水) 00:22
小学生の頃、おじいちゃんがチャーハンをよく作ってくれました。
と言うよりもいつもわたしがお願いしてたのかな?
わたしが働き始めて久々におじいちゃんに会った時、やっぱりおじいちゃんのチャーハンが食べたくってお願いしたら、にこにこして腰を上げてくれました。
でも側にいた母が”もう中華なべを持てないくらい体力無いのよ…”と言われ、慌てて違う話しに変えて座ってもらいました。
わたしはいつまで経っても子供気分が抜けなくてだめですね。

それからも時間が経ち、おじいちゃんは去年亡くなってしまいました。
あのチャーハンの味が忘れられなくって何度か挑戦しましたがやっぱりだめ。
大きめにざくざく切ったたまねぎ、なんであんなにあまかったのだろう?
もう一度…。


私は小さい時からおじいちゃん子で、祖父も初孫の私をよく可愛がって くれました。

500 名前:アーモンドチョコ[] 投稿日:2000/04/28(金) 15:58
私は小さい時からおじいちゃん子で、祖父も初孫の私をよく可愛がって
くれました。ある日、小学校から帰ってこたつに入ってテレビを見てると
祖父がきて、「お菓子あげよ」というので、嬉しくって待ってたんですが
祖父はなかなかお菓子をくれません。「お菓子どこ?」と聞くと、
「そこにある」と言ってニコニコ笑ってるだけです。こたつ机の上には
食べ物何もなかったので、「おじいちゃんまたからかってるわ」と思って
いると、祖父が自分の薬袋を私に渡して、「開けてみ」というので
中をみてみると、そこにはアーモンドチョコレートが何個も入ってました。
「薬やと思って、分からんかったやろ」と得意そうに笑った祖父が今でも
忘れられません。その時祖父は癌で、毎日薬を飲んでいて、体も目に見えて
痩せてきていたのですが、いつも何か面白いこと言っては、私と妹を笑わせて
くれていました。祖父は7年前に他界したのですが、亡くなる前は私がちょうど
高校受験の時期と重なり、また私もそんなすぐ祖父が逝ってしまうとは思って
もいなかったので、最後もっと一緒に過ごしたかったなと悔やんでいます。
アーモンドチョコレートを見ると、祖父のことを思い出します。
ちなみに、その時の薬袋はまだとってあります。

https://mentai.5ch.net/test/read.cgi/food/951552846/

母方の祖母の母、母方の祖父の母、父方の祖母の母、父方の祖父の母、つまり4人の曽祖母は90超え

207 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:19/06/30(日)02:17:44 ID:x4U.ai.hg
「おじいちゃん」っていう存在が実在すると知った時
これだけ書くとあほか? って言われそうだけど小学生なりたてぐらいの私には衝撃だった

当時母方の祖母の母、母方の祖父の母、父方の祖母の母、父方の祖父の母、つまり4人の曽祖母は90超えてて入院だったり寝たきりだったりもしたけど存命だった
でも曽祖父は全員戦死や病死、祖父は2人とも病死で私が生まれた時には既に写真の中の人
おじいちゃん達はお空にいるんだよ、って言われてたから「おじいちゃん=お父さんかお母さんのお父さん」じゃなくて「おじいちゃん=お空にいる人」みたいな認識だった
小学生でなんか行事の時に友達に「ぼくのおじいちゃん!」って紹介された時に「おじいちゃんはお空の人じゃないの!? なんでいるの!?」って混乱して号泣した
この後おじいちゃんとは何かを親にきちんと教えてもらった。まさか私がこんなアホな勘違いしてるとは思ってなかったらしい(そりゃそうだ)
書いてて思ったけど、私の衝撃事件というよりいきなり死人扱いされた友人祖父の衝撃事件だったかもしれない


208 名前:名無しさん@おーぷん[sage] 投稿日:19/06/30(日)05:33:07 ID:yZf.7w.er
曾祖母4人共存命だったってすごいな


211 名前:207[sage] 投稿日:19/06/30(日)13:27:53 ID:x4U.ai.r7
>>208
当時は何にも思わなかったんですけど、大人になってから思い返すと曽祖母4人いる! ってなかなか凄いと感心しました

曽祖母4人の呼び分けは「(地名)の小さいばあちゃん」、祖母は「(地名)の大きいばあちゃん」でした
曽祖母は歳をとって背が小さい=小さいばあちゃん、祖母(60歳前後)はまだ大きい=大きいばあちゃん、当時の子供目線では分かりやすかったんですけどかなり雑な区別してたなあ...


少し眠ろうと二階の和室で横になりました。 5,6分してウトウトし始めると、部屋のドアが開いた気がしました。

909 名前:あなたのうしろに名無しさんが…[sage] 投稿日:02/06/28 22:39
今日あった事なんですけど。
 私の職場は母方の本家(伯母夫婦と祖母が住んでる)のすぐ近所にあります。
今日の昼休み、なにげに本家に行って昼食を取りました(普段は職場で食べる)
で、時間もあるので、少し眠ろうと二階の和室で横になりました。
5,6分してウトウトし始めると、部屋のドアが開いた気がしました。
「…○子(私の名前)寝てるねー」と小声で誰か呟き去りました。
するとまた、誰か来ました。誰かは部屋に入り私の寝てる横に近づくと
(ここまで私はウトウトしていたが、意識はおぼろげにあった)
そっと、だれかが優しく私の頭をなで始めたのです。

恐怖は感じず、不思議なくらいスッと心に思い浮かんだのは
撫でているのは伯母でも祖母でもない。
「あーおじいちゃんだ…」

11年も前に亡くなった祖父のように私は感じたのです。
10秒~15秒くらい私の頭を撫で繰り回され、私が徐々に意識がはっきり
するとともにその感触は消えていきました。

 私は元々ウトウト状態の時、奇妙な体験をする事はよくありましたが、
来てる人が誰であるかが、スッと分かったのは今回が初めてでした。
起きた後、祖母や伯母に確認しましたが、もちろん二階には上がってないとの事。

小さい頃人見知りが激しく祖父の所に近づかなかった私。
外孫だったので会う機会も少なかった私。
私が中一の時、亡くなった祖父。
もう私も大人なのに相変わらず頭を撫でてくれる優しかった祖父。
見守られてるなと本当に思った。
今日は仏壇に手を合わせて帰りました。

ありがとうおじいちゃん。
あまり出来のよくない孫だけど、仕事頑張るからね。

https://curry.5ch.net/test/read.cgi/occult/1002357757/

おじいちゃんのにゅうめん

194 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/21(火) 08:18
おじいちゃんがぼけてしまって、もう何年もたつのですが…
戦争中、炊事担当だったこともあって、よくいろいろつくってくれた
ものです。なかでもにゅうめんがとてもおいしかったのですが、つくり
かたがいまだにわかりません。なすがはいってて、汁気のないどろっと
したやつです。誰かつくりかた知りませんか。
(ちなみに祖父は富山の人です)

実家はどいなかなのですが、高校時代、帰りがおそくなるといつも
おじいちゃんが自転車で駅の前で待っててくれました。でも私は恥ずか
しくて、無視してさっさと早歩きで帰ってた。おじいちゃんはそのあと
からだまってゆっくりついてきてた。
小学校のころは、学校から帰ると冬はストーブの前でパンをやいたり
豆をいったりしてくれたものです。
おじいちゃんはおばあちゃんよりも背も低くて、戦争のために耳も遠くて
ほとんどしゃべらない、私が朝食のとき新聞を独占してしまうのでずっと
チラシをながめてるような人でした。
もう私のこともわかりません。ゆうごはんのときになにかしたくて台所を
うろうろして、ちゃきちゃきのおばあちゃんにいつも怒られてたことを
おもいだすとなつかしいです。


196 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/21(火) 12:30
うちの4年前に亡くなったおじいちゃんも、
最後の何年かはぼけていてとても悲しかったなあ・・・
仕事の関係で海外にいたので最後に会ったのは7年前でした。
仕事と酒にしか興味が無い祖父でしたが、私とは仲が良かったので
子供のころから一緒にいることが多かったでした。
最後に会ったときは、もう呆け始めていて、とても残念でした。
極度の出不精だった祖父でしたが、私が海外へ行く時は、
わざわざ空港まで来てくれました。 その時、空港の喫茶店で最後に
祖父が飲んでいたクリームソーダは私が注文したものですが、
そんな呆けてしまって子供のような祖父を見ていると、
私は何も言えず、ただとても悲しくなりました。
いまでもクリームソーダのあの緑色を見ると、
祖父のことを思い出します。


東京のお嬢さん育ちの母は、田舎にある父の実家が嫌いだったようだ。

61 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/10(金) 21:58
東京のお嬢さん育ちの母は、田舎にある父の実家が嫌いだったようだ。
私が子供の頃、母と一緒に父の実家に遊びに行った時、
祖父が「帰りの電車の中で食べろ」と言って、わら半紙の紙袋からはみだしそうなぐらい、
たくさんお菓子をくれた。
どぎつい色のついたゼリーや、見たことがないような袋菓子がたくさん入っていた。
電車の中で、私が「おじいちゃんのお菓子食べようよ」とせがんでも、母は無言だった。
東京に着き、駅のホームで母は紙袋の中のものを見ながら、
「何よこんなもの」と言い、袋ごとゴミ箱に投げ捨てた。
それを見て、私は泣いた。母は「もっとおいしいお菓子買ってあげるから」と言った。
私は、お菓子が食べられなくて泣いていたのではない。
孫のために、一生懸命お菓子を選んでくれた祖父のことを思い出して
悲しくてたまらなかったのだ。
お菓子を手渡してくれた時の、うれしそうな祖父の顔。
あの祖父の顔を思い出すと、今でも泣けてきます。
いい話でも食事の話でもなくてごめんなさい。

https://mentai.5ch.net/test/read.cgi/food/951552846/

おじいちゃん、チル、見守っててくれたら嬉しいな。

948 名前:1/2[] 投稿日:04/02/16 01:14
あんまり大した話でなくてすいません…。
読んでいただけたら幸いです。


私の祖父の話です。

祖父は私が小学校3年生の時に亡くなりました。
無口だけどとても優しい人で、当時家で飼っていた真っ白い猫を
それは可愛がっていました。
祖父は70歳まで働いていて、体格もよく丈夫な人だったのですが、
年齢のために仕事を辞めてからすぐに、不治の病に倒れてしまいました。
しばらくは自宅での療養を続けていましたが、ある日突然に発作を起こし、
帰らぬ人となってしまったのです。

葬儀の日の朝。
早い時間から親戚たちも集まり、家中が慌ただしい雰囲気になっていた時です。
幼かった私は暇を持て余してしまい、祭壇のしつらえてある部屋に入りました。


949 名前:2/2[] 投稿日:04/02/16(月) 01:16
祭壇の周りには大勢の大人がいて、葬儀の準備をしています。
そこに飼い猫がやってきました。
親戚の一人が猫に向かって「おじいちゃんが死んじゃったんだよ」と言いました。
すると猫は祭壇を見上げ、しばらく周りをぐるぐると歩いた後、祭壇の裏側に
入ってしまったのです。
私の母や祖母が声をかけても、出てこようとしません。
いつもは家族以外の人がいると逃げるのに、その時だけ、
おじいちゃんの祭壇の下でじっとしたまま、動こうとしないのです。
皆、「おじいちゃんがいなくなっちゃったことが分かるんだね」と言いました。

今はその猫も亡くなり、私も社会人になりました。
おじいちゃん、チル、見守っててくれたら嬉しいな。


幼いころからずっとかわいがってくれて一緒にいてくれたおじいちゃんだった。

902 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:04/01/29 22:57
長文ですが、失礼します。

高校のとき、大好きなおじいちゃんが亡くなった。
幼いころからずっとかわいがってくれて一緒にいてくれたおじいちゃんだった。
足を悪くし、中学のころ入院してから数ヶ月、一度も家に帰ることないまま亡くなってしまった。
私は入院し始めのころ毎日のようにお見舞いに行った。
家族の誰よりもたくさん顔を出した。なのにある日「・・・誰だったかな?・・・」と
私の顔を見たおじいちゃんが呟いた。誰よりもたくさん会いに来てたはずなのに・・・
私はその日から病室へ入れなくなった。また忘れられているかと怖かった。

高校に上がりバイトを始めた夏休みに、おじいちゃんは亡くなった。
誰にも見取られることなく一人で静かに亡くなってしまった。
私は現実として受け止めていなかった。火葬場でも私一人笑って見送っていた。
母は私の気が狂ったと思ったらしい。それくらい異様なほどに現実感がなかった。



903 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:04/01/29 22:58
49日が近づいていたある夜、私は夢を見た。普段あまり夢は覚えていないのだが、
あの日の夢は今でも忘れられない。
「おぉ、元気そうだなぁ。良かった良かった。」
おじいちゃんは生前愛用していた座椅子に座っていた。私は膝の上に座っていた。
「おじいちゃんひどいよ!私のこと誰だって言うんだもん。忘れちゃったんでしょ。」
「忘れてないよ。寝ぼけてただけだよ、ごめんな。」
おじいちゃんは私の頭をゆっくりとなでてくれていた。
「おじいちゃんなぁ、おまえの前だけではしっかりした頼もしいおじいちゃんでいたいんだよ。
だから、おじいちゃんが残した思い出は、おまえは見るだけにしといてくれな。」
「は?」
そこで目が覚めた。普段より2時間も早い起床だった。
台所では母が朝食を作っていた。私を見るなり玄関のダンボールを指差し泣き出した。
そこにはおじいちゃんが病室で書き溜めた短歌が本になっていた。
おじいちゃんが開いていた短歌教室の生徒さんがお金を出し合って自費出版してくれたものだった。
そこにはたくさんの歌があった。「結婚」「戦争」「息子」「孫」・・・章に分かれて書かれていた。
最後は「死」だった。その歌の訳は
「死ぬときは一人がいい。弱った最後の姿を見られたくはない」
それともう一句・・・
「自分は万人に好かれる人間ではないけど忘れられるのは怖い、死ぬのは怖い」
初めて、おじいちゃんが死んだんだと確信した。溜まっていた涙が溢れた。
母が後ろから「おじいちゃんの形見だからね。1冊持っていきなさい」
私は泣きながら何度も読み返したが、結局受け取らなかった。
それがおじいちゃんの遺言だと思っていたから。最後まで会いにいけなかった私へ
天国に上がる前に挨拶に来てくれたんだと、今でも信じている。

今でも私の中のおじいちゃんは優しくて頑固で、ちょっと見栄っ張りなままだよ、おじいちゃん。

・・・おしまいです、失礼しました。


仕事熱心だった祖父。 そして酒が好きだった祖父。

500 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:04/03/06 06:05 ID:3hHkaUsM
仕事熱心だった祖父。
そして酒が好きだった祖父。
一緒に車で遊びに行った。高いたか~いってしてもらった。
祖父は肝硬変になってしまったが、そんなことはあまり気に留めなかった。
命に別状はないから、と医師の許可も出ておにぎりを買っていって食べた。
なのに。
3日後、祖父は逝ってしまった。
あれだけ元気だった祖父が。
孫の中でも一番ちっちゃいわたし。
たくさんかわいがってもらった。
最後に見た祖父の顔はげっそりとやせていた。
こんな顔見たくなかった。

天国で元気にやっていますか、おじいちゃん


読者登録
LINE読者登録QRコード
おーぷん2ちゃんねる
規制画面がとっても優しい
おーぷん2ちゃんねる
http://open2ch.net/menu/
つぶやき
復調しました。みなさま励ましのお言葉ありがとうございました^^


ついったーでほんわかMkⅡ

リンクとかの事はこちらに
あばうとほんわかMk2

逆アクセスはこちらから
 νほんわかランキング(*´∀`*)
厳選
amazon+
ハレ婚。(17) (ヤンマガKCスペシャル)
amazon-
Black Jack―The best 14 stories by Osamu Tezuka (15) (秋田文庫)
最新記事
2ch
このブログは
2ch
2ch.sc
おーぷん2ちゃんねる
より転載しております。

月別アーカイブ
QRコード
QRコード
アクセス

アクセスランキング 

スポンサードリンク
  • ライブドアブログ