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家族



ねぇ、なーにー?!なにこれーー?!

402 名前:名無しの心子知らず@\(^o^)/[sage] 投稿日:2017/03/22(水) 08:04:56.25 ID:xrqSVfbX.net
夜中に1歳8ヶ月の娘がいきなり「なぁにーー?!」って大声を出して何事かと思ったら寝言だった
「ねぇ、なーにー?!なにこれーー?!なぁにーーー?!!」って大声出しながら夫の髪の毛を足でモシャモシャしてた
夫は寝てるけど「うぅ…」って呻いてた

なんか可笑しくてふふって笑ったら、娘もふふって笑ってまた静かになった
喋るようになってからは寝言が活発になってびっくりしてる
しかし確かに剛毛ドフサの夫の髪の毛を足に感じたら、何これってなるよなぁw

http://toro.2ch.sc/test/read.cgi/baby/1486468967/

武道一筋で風邪一つひいたことがないことが自慢だった爺ちゃん。

929 :名無し職人:2005/04/18(月) 22:16:52
武道一筋で風邪一つひいたことがないことが自慢だった爺ちゃん。
頑固一徹で「士たるもの文武両道であるべし」と結婚を申し込みに来た父ちゃんを
その場で強制的に入門させて「黒帯取るまで結婚は認めない」と言い放った爺ちゃん。
もやしっ子だった父ちゃんに5年かけて黒帯取らせた爺ちゃん。
俺が生まれたときには徹夜で道場に篭もっての瞑想から俺の名前を考えてくれた爺ちゃん。
俺が物心ついたときから空手の手ほどきをしてくれた爺ちゃん。
ヤンチャした俺が空手の技で人を怪我させた時に足腰立たなくなるまでぶん殴ってくれた爺ちゃん。
癌を宣告されたときも「人に負けたことは数知れぬが、病に負けたことは一度もない」と笑い飛ばした爺ちゃん。
壮絶に苦しいはずの癌治療の時も家族の誰が見舞いに行っても笑顔で迎えてくれた爺ちゃん。
「痛い」や「苦しい」なんて言葉は最後まで口にしなかった爺ちゃん。

家族に当てた最後の手紙には大きく太い文字でたった一言 「押忍」

爺ちゃん お疲れ様でした。

25で自営をはじめて10年ちょいやってきた店をたたんだ。

495 素敵な旦那様 sage 2005/05/17(火) 22:17:07
ここ数ヶ月いろんな意味で忙しかった。
25で自営をはじめて10年ちょいやってきた店をたたんだ。
利益が出ず、嫁の収入が主な生活費になっていて、いつやめるかのタイミングをみていただけだったからな。
そんな俺を嫁は「13年間お疲れ様でした」と優しく迎えてくれた。
最後の2年くらいは全然仕事にならず、イライラして嫁に当り散らしたこともあった。
でも、そんな時でも嫁は俺のストレスのはけ口になってくれて、夜には抱きしめて眠ってくれた。
一時、共同経営してたやつに騙されて借金を負わされたとき、死のうと思ったこともあった。
色んなものが残ってたら嫁が俺を思い出してつらいだろうと思って、写真や身の回りモノを処分してた。
すると、嫁がそれに気づいてこういった。
「もし、本気で死ぬんなら私も一緒に連れてって。その代わり一週間だけ時間を頂戴。私も身の回りを整理してから死にたいから」
結局、その一週間の間に嫁と何度も話し合い、二人で乗り越えていこうと決心した。
あの時、嫁が気づいてくれなかったら、一週間待ってといわなかったら、俺は今ごろ死んでただろうな。
何度も泣きながら嫁と話し合ったのも、今じゃいい思い出だ。
この年で手に職もなく無職になったから、これから大変だろうけど、俺には嫁が残ってるから。
一番大切なものが残ってる以上、頑張っていこうと思う。

意味ワカラン文章スマソ。
明日から就職活動だ!

母のいなくなった病室の片付けをしていた。

  431 名前:(*゚Д゚)さん 投稿日:04/05/23 20:40 RmNBymNR
  _、_
( , ノ` )    
  \,;  シュボッ   ・・・先月、ウチの母が死んだよ。
    (),    
    |E|

  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ 死ぬ3週間前から入院していて・・・。

  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ 俺は、母のいなくなった病室の片付けをしていた。

  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ そして、冷蔵庫を開けたんだ。中には・・・俺の大好物のお菓子がはいっていたよ。

  _、_
( ,_ノ` )y━・~~~ それには書き置きが添えられていて・・・「お兄ちゃんと二人で分けてください」と書いてあった。

  _、_
( ,_ノ`) n∫ 俺は、兄貴と二人でそのお菓子を食った。
     ,!
    ┗━┛
  _、  ∫
( ,_ノ) ヽ;;..   そのお菓子は、今まで食ったどんな高級な食い物よりもうまくて・・・
     ┗━┛

      ∫
(   ) ヽ;;..    涙があふれて、とまらなかったよ・・・。
     ┗━┛


 433 名前:(*゚Д゚)さん 投稿日:04/05/23 21:12 ???
(   )ウッ   それが手作りのお菓子だったらもう涙がでてくるよ・・・・


 441 名前:431 投稿日:04/05/23 23:06 fyt5868w
  _、_   >>433残念ながら手作りではなかったよ。なにせ
( ,_ノ` )      3週間前から入院していたしな・・・。
     ζ
    [ ̄]'E
.      ̄
  _、_       ・・・手作りのお菓子か・・・そういえば、母はよくチーズケーキを
( ,_ノ` )       作ってくれたよ。
  [ ̄]'E ズズ    ・・・料理があまり得意ではない母が本を見ながら
.    ̄            一生懸命作ってたのを覚えてるよ・・・

  _、_     だけど、そのとき反抗期だった俺は、
(  ◎E    「マズっ!!こんなモン食えねェよ!!もう作るな!!」

  _、_    ・・・・あの時の事、謝っとけばよかった・・・・
( ,_ノ` )        それと・・・・
         ソッ   
    [ ̄]'E      本当はケーキ、おいしかったよ・・・・・
..     ̄

星の形のにんじん

527 名前:1/2[] 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:44 ID:J5ezjAvK0 [1/3]
510 名前: 大人になった名無しさん [sage] 投稿日: 2006/03/27(月) 13:52:48
俺の母親は、俺が2歳の時にがんで死んだそうだ。
まだ物心つく前のことだから、当時はあまり寂しいなんていう感情もあまりわかなかった。
この手の話でよくあるような、「母親がいない事を理由にいじめられる」なんて事も全然なくて、
良い友達に恵まれて、それなりに充実した少年時代だったと思う。
こんな風に片親なのに人並み以上に楽しく毎日を送れていたのは、
やはり他ならぬ父の頑張りがあったからだと今も思う。

あれは俺が小学校に入学してすぐにあった、父母同伴の遠足から帰ってきたときのこと。
父は仕事で忙しいことがわかっていたので、一緒に来られないことを憎んだりはしなかった。
一人お弁当を食べる俺を、友達のY君とそのお母さんが一緒に食べようって誘ってくれて、寂しくもなかった。
でもなんとなく、Y君のお弁当に入っていた星形のにんじんがなぜだかとっても羨ましくなって、
その日仕事から帰ったばかりの父に「僕のお弁当のにんじんも星の形がいい」ってお願いしたんだ。
当時の俺はガキなりにも母親がいないという家庭環境に気を使ったりしてて、
「何でうちにはお母さんがいないの」なんてことも父には一度だって聞いたことがなかった。
星の形のにんじんだって、ただ単純にかっこいいからって、羨ましかっただけだったんだ。
でも父にはそれが、母親がいない俺が一生懸命文句を言っているみたいに見えて、とても悲しかったらしい。
突然俺をかき抱いて「ごめんな、ごめんな」って言ってわんわん泣いたんだ。
いつも厳しくって、何かいたずらをしようものなら遠慮なくゲンコツを落としてきた父の泣き顔を見たのはそれがはじめて。
同時に何で親父が泣いてるかわかっちゃって、俺も悲しくなって台所で男二人抱き合ってわんわん泣いたっけ。


528 名前:2/2[] 投稿日:2006/03/27(月) 14:37:59 ID:J5ezjAvK0 [2/3]
それからというもの、俺の弁当に入ってるにんじんは、ずっと星の形をしてた。
高校になってもそれは続いて、いい加減恥ずかしくなってきて「もういいよ」なんて俺が言っても、
「お前だってそれを見るたび恥ずかしい過去を思い出せるだろ」って冗談めかして笑ったっけ。

そんな父も、今年結婚をした。相手は俺が羨ましくなるくらい気立てのいい女性だ。
結婚式のスピーチの時、俺が「星の形のにんじん」の話をしたとき、親父は人前だってのに、またわんわん泣いた。
でもそんな親父よりも、再婚相手の女の人のほうがもらい泣きしてもっとわんわん泣いてたっけ。
良い相手を見つけられて、ほんとうに良かったね。
心からおめでとう。そしてありがとう、お父さん。

カツを玉葱とつゆで煮て 卵でとじたものを容器に盛ったご飯のうえに乗せたらあら当たり前 カツ丼の出来上がり

913 名前: 名無しさん@お腹いっぱい。 [sage] 投稿日: 2007/03/03(土) 23:36:03 ID:kWhX2sOc
うちは、母と私の二人暮しです
私は、朝早いから朝飯は食べず家に帰ってきて遅い昼食を食べるが
母は普通の時間勤務

というわけで、学生時代は世話になってかたじけない
ってわけで今、母ちゃんの弁当は私が作ってるんだが

この間、あまりに時間がなくて前の晩に作ったカツを玉葱とつゆで煮て
卵でとじたものを容器に盛ったご飯のうえに乗せたらあら当たり前
カツ丼の出来上がり


帰って北、ママンが一言

「あんたのカツ丼、お母さんのと味が同じ」

そりゃあ、あなたのご飯で育ちましたからね(*´ーωー)

俺に父はいない。

155 :本当にあった怖い名無し :2007/03/04(日) 22:29:33 ID:+8vYw1MDO
俺に父はいない。
俺と双子の妹が生まれるずっと前に癌にかかり、俺たち兄妹が生まれて暫くしてから亡くなったらしい。

俺たち兄妹も小学生になったある日。学校から帰ってのんびりしているときに隣家で火事、あっという間に俺たちの家にも火は燃え移った。母は仕事でいなかった。
妹の手をとり部屋から脱出しようしたが、ドアノブが火の熱によって溶かされ出れそうにない。(このとき俺は右手を火傷した)部屋は二階だし、窓から脱出しようにも出来るわけがない。
俺は助けが来るまで、熱から妹を守るため布団で妹を包み必死にだきしめた。ただ、俺も妹も限界に近い・・そんときだった。誰かが俺の体を包み込んだんだ。

俺たちは無事助かり、どういう経緯で家から脱出したかは覚えてはいない。


156 :本当にあった怖い名無し :2007/03/04(日) 22:31:21 ID:+8vYw1MDO
ただ微かに覚えてるのはグシャグシャ泣き顔の母。
それとあの火事のなか「手、痛いだろ・・偉いぞ。男の手は愛する人を守るためにあるんだ。」て言葉と、ずっと誰かが抱きしめててくれたこと。
確かその人は坊主頭でちょっとたれ目、左目の下には傷痕があった。


後々大きくなった俺たちに、母から父の手紙をもらった。それと俺たちが生まれて間もない頃だろう、家族写真が何枚か入っていた。

ありがちな展開だけどさ。写真の中で笑う父は、坊主頭でちょっとたれ目、左目の下に傷痕があった。
薄くて誤字だらけの手紙は読むのがやっとで、手紙の最後にはこう書かれてた。「男の手は愛する人を守るためにあるんだ。おばけになっても、俺は家族を守る。」


俺に父はいない。でも俺にとって父は偉大で、大切なことを教えててくれた。
妻と、もうすぐ生まれる子供をこの手で守っていくよ、あなたを見習って。

おかんみたいな母親になりたいです。

58 名前:名無しさん@HOME[sage] 投稿日:2008/03/22(土) 09:07:27 0
ありがちかもだけど自分と母親、他人だった。
父が前妻との子(私、当時2歳くらい)を連れて母と再婚したらしい。
私が高校生になってバイト始めて
最初の母の日にネックレスを
贈ったら泣いて喜んでくれて打ち明けられた。
本当のお母さんじゃなくてゴメンだって。
でも私は母より「おかん」と呼べる人は
いないと思ってる。おかんみたいな母親になりたいです。

小さい頃は実家のおじいちゃんおばあちゃんに会うのが楽しみでしょうがなかった。

951 名前:水先案名無い人[sage] 投稿日:04/03/21(日) 17:44 ID:P/mYiALs
俺が高校生の頃の話なんだが
うちの家族は何ヶ月か一度、母親の実家に戻って顔合わせしてご飯を食べて帰る、ってのが恒例だったんだが
小さい頃は実家のおじいちゃんおばあちゃんに会うのが楽しみでしょうがなかった。向こうも喜んでくれてた
だけど俺が高校に入ってからは、友達も増え、遊ぶようになって
実家に行くのは気が引けた。片道2時間ちょいもかかるし、実家に行ってもする事がないのだ
親との仲も悪くなりはじめた。高校の夏休み、また実家に行こうって話が出て
当日に俺は「行きたくない」と言った、親も突然言われて「なに言いだすんだ」とビックリしていた
意地っ張りだった俺は、行きたくない、と言い続けた、家に居てもなにをするということもないのに。
親が電話で実家に連絡をいれた、俺が高校入学してからは初の実家だったので、寿司までとってくれたらしかった
その日ずっと俺は家にいた。
そして数日後、おばあちゃんが倒れた。俺がくるといつも笑顔で迎えてくれたばーちゃん。
見舞いにいくも面会謝絶
夏の部活の大会中、おばあちゃんが亡くなったと連絡が入った
信じたくなかった
家に帰って部屋に戻る。ばーちゃんのことを思い出す、涙がでない。なぜだろう。俺の中ではどうでもいい存在だったのか?
久しぶりに実家へ行く。いつも座ってるおばーちゃんの座布団がない。
いらっしゃい、といつものように迎えてくれるおじいちゃん。
すると突然涙が溢れてきた。俺はどうしたらいいのかわからずひたすらじいちゃんに謝りつづけた…

今は大学を出てすぐ仕事に就いて、実家のおじいちゃんと両親にお金を送りつづけています
ぶっきらぼうな考えだけど、とにかくじいちゃんと両親に楽をさせてやりたい、それだけです…。
乱筆・長文スマソ

給料日は両親と外食してるらしい。更に毎月仕送りもしているんだとか。

350 名前: 名無し職人 [sage] 投稿日: 2006/09/23(土) 16:14:05
先日の給料日に、新入り数人に声かけて俺のオゴリで飲みにいこうと誘いかけたんだが、
その内の一人が用事があるからと謝ってきた。
聞くと、給料日は両親と外食してるらしい。更に毎月仕送りもしているんだとか。

「お前、まだ給料だってそんなに貰ってないだろう?若いんだし、もっとやりたい事ないのか?」
と尋ねると
「だって、今のうちから返しはじめないと、親が死ぬ前に返しきれませんから」
と笑顔で答えた。



もう親孝行ができない俺にとって、お前が心底羨ましいよ。

じいちゃんの葬式中ずっとアゲハチョウが会場をひらひらしてた。

722 名前:本当にあった怖い名無し 投稿日:2007/07/21(土) 13:33:05 ID:ZkIpV5MK0
じいちゃんの葬式中ずっとアゲハチョウが会場をひらひらしてた。
法事の時お墓にも来た。
以来我が親戚ではじいちゃんは「アゲハ蝶になった」と認定。

庭先をアゲハチョウが飛んでると「じいちゃんが見に来てるね~」と
孫っ子とほのぼの。
しばらくしたら孫っ子が「じいちゃん(近所の)○○君に捕まってるよ~」

お父さんのどういうとこ好きだった?

170 名前:恋人は名無しさん[sage] 投稿日:2008/05/23(金) 21:59:22 ID:RUXf9LDh0
うちの父と母はお見合い結婚だけど、母に
「お父さんのどういうとこ好きだった?」
って聞いて、答える時の母の幸せそうな顔見たら
ああ惚れてたんだなあって思った。

父が生きてた時はそういうとこ見たことなかったから
なんとなく切なくなった。

自分は実母が病弱だったから、生まれてすぐに母方の親戚に預けられた。

100 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/22(木) 23:07:24
子供がいるなら大事にして命をつなげ。それが一番の親孝行だ。

自分は実母が病弱だったから、生まれてすぐに母方の親戚に預けられた。
姪の子供なんてピンと来ないだろうに、初孫としてバーちゃんは可愛がってくれた。
バーちゃんも病弱だったから、記憶にある姿は横すわりして笑っている所だけだ。
抱っこもないし、おんぶも無かった。でも本当に可愛がってくれて、何もしなくても安心できた。

寄り合いが有ると必ず頼まれるほどの寿司の名人で、縁側で酢飯を作り始めるともう我慢が出来ない。
「バーちゃん、バーちゃん!!」
しゃがんでピコピコはねると、「ほいよ~」と一口だけ押し込んでくれた。
それで十分満足して、外に飛出して友達と暗くなるまで遊んだ。

親元に戻っても毎年泊まりに行ってたけど、さすがに高校に入ると少し疎遠になった。
そうしたら「もう駄目かもしれないから来て」って姉ちゃん(娘さん)
から連絡がきた。
病院のベッドのバーちゃんは信じられないくらいにギロギロに痩せて横になっていた。
もう孫の顔も分からない、と姉ちゃんが言ったのに、「来たよ」と言ったら自分を見た。
「分かってるんだ」と姉ちゃんが言った。
あまりのショックで声も出ないし身じろぎも出来ない。こわばったままの顔を
バーちゃんは何と思っただろう?
それからすぐ、バーちゃんは他界した。

何年かしたある日、鏡を見ている時に、何気なく目尻を引っ張って垂れ目にしてみた。
「あれ?バーちゃんの顔?」
自分は父親似だと思っていたのに、ちゃんと同じ血をひいていたんだよね。
今、何がどうって訳ではないんだけど、なんとなくもやもやした時には
炊き立ての飯に酢をうって、あの時のバーちゃんの味を思い出す。
確実に自分の中にバーちゃんは居る。それでいいと思っている。

ありがとう、って何度言っても言い足りないよ。

263 名前:774号室の住人さん[sage] 投稿日:2007/02/27(火) 21:50:31 ID:sOFsjgYg
地元から遠く離れた所で就職して、過酷な仕事と職場のイジメで鬱になった。
通院治療しながら、家族のお荷物と思われるのが嫌で、家には内緒にしてメールで「元気にしてるよ」って送ってた。
そしたらある日、イジメが酷くてもうどうにも死にたくてたまらなくなった。病院に行ったら、先生が親に電話を掛けた。
何て言われるだろう。怒られるだろうか。そう思いながら、受話器を取った。
電話口で母ちゃん、「ずっと気付かなくて、ごめんね」って言った。
俺は、電話を手にしたまま声を上げて泣いた。

次の日には、母ちゃんが実家からやってきた。
「しばらく仕事休んで、母さんと温泉巡りしようよ。ずっと行きたかったんだ」
ふとすると死ぬことばかり考えてしまうくらい酷い状態だったが、母ちゃんがあちこち連れ回してくれて、嫌なことから全部遠ざけてくれた。

一度だけ、真顔で言われた。
「母さん、あんたが死んだら困るな…」
そんな悲しい顔、もう見たくないよ。
ずっと笑っててよ。

親孝行、したいよ。
ありがとう、って何度言っても言い足りないよ。

小さい頃ウチの親父は単身赴任で月に1回位しか家に帰って来れなかった

901 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/02/27(火) 20:19:57
俺が小さい頃ウチの親父は単身赴任で月に1回位しか家に帰って来れなかった
しかも今みたいに週休二日とかでは無かったから土曜日に仕事が終わって電車で帰って来る
当然家に着くのは夜遅く(尤も子供の頃の記憶だから9時とか10時だったのかも知れないけど)
その日だけは俺も夜更かしをして親父を待つのを許された
だけどいつも帰って来る前に炬燵とかで寝てしまっていたんだ
そうすると親父が帰ってきて俺の横に添い寝をしてくれた
夢の中でも俺は親父のタバコの臭いで親父が帰って来た事を、抱き上げて布団まで運んでくれている事を感じていた
だから日曜日の朝は早くから目を覚ましてアクセル全開で遊んで貰った。夜には戻ってしまうのを知っていたからね。
本当に1秒でも無駄にしないように親父にじゃれついていた。
夕方には一緒に風呂に入って夕飯を食べて駅までお袋と車で親父を送って
ホームで親父を笑顔で見送って(いたつもり)親父を乗せた電車が見えなくなると涙が溢れて来た
お袋がしゃがんで俺を慰めてくれるんだけどそのお袋も泣いていた
そうするとね抱き上げてくれたんだ駅員さんが、ギュ~と抱きしめて「僕、良く我慢したな。偉かったな」と・・・
その後その駅員さんが俺の新しい親父にならなくて本当に良かったという出来事を思い出した。
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