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不思議



太陽って絵で描くと、赤って誰が決めたのかしら?

549 陽気な名無しさん 2016/07/31(日) 22:03:30 yms+ZmrC0
太陽って絵で描くと、赤って誰が決めたのかしら?
あたし、黄色で描いたら、親に違うって言われたのよね。


552 陽気な名無しさん sage 2016/07/31(日) 22:26:32 RWZQhX9Z0
>>549
あんた!あたしもよ!
あたしは隣の席の子に言われたのよ
でも赤じゃない、黄色いじゃないって言ったらそいつ「みんな赤で描いてる」とぬかしたのよ
テメーの頭で考えないタイプね

因みに昼間の太陽を日本は赤、欧米では黄色で描く子供がそれぞれの多数派なんだと前に聞いたことがあるわ


557 陽気な名無しさん sage 2016/07/31(日) 22:48:56 SpdU80ZW0
日の丸文化じゃないかしら

デビットカッパーフィールド サイババ 宜保愛子 この3人はインチキじゃないわよね?

971 陽気な名無しさん 2018/04/01(日) 00:15:05.31 n0jncN9e0.net
デビットカッパーフィールド
サイババ
宜保愛子

この3人はインチキじゃないわよね?


972 陽気な名無しさん sage 2018/04/01(日) 00:22:43.51 u1l8+Tdv0.net
>>971
何をもってインチキというかによると思うわ……
宜保さんは霊能力が本当かどうかより、
「亡くなったお父さんはあなたたち家族のことをずっと見守っていますよ」
とかいって家族を励ましてみんな泣いてお父さんの死から立ち直るとか
そういうところがあの人の本領だと思ってるわ。

従姉のベッドで寝ていた私の肩を、誰かが揺り動かしたのです。

145 名前:ぐれいとごんざれす[] 投稿日:2001/02/25(日) 04:08
祖母が亡くなった時の事です。
祖母は晩年にはボケてしまい、内孫のことしか口にしなくなってしまったので、
外孫の私は淋しかったのですが。
でも、お通夜の晩にこんな事がありました。
祖母の家は大変広く、翌日葬式を行う予定の部屋は、何部屋分かの襖をとっぱらい、
広大なホールのようにしてありました。そこに布団を敷いて寝ている親戚もあり
ましたが、遠くの部屋で騒いでいる中年オヤジが五月蠅くて、私は明け方近くまで
寝られませんでした。ちなみにこのクソ五月蠅い中年オヤジは、母親を亡くした
ばかりの私の父です。悲しみを紛らわすために、ひときわ高く騒いでいたのです。
あまりのうるささに辟易した私は、伯母に頼んで離れの従姉の部屋で寝かせて
もらう事になりました。従姉の部屋のベッドに入り、すやすやと寝ました。
そしてこんな夢を見たんです。
状況は、まったくもってリアルでした。
夢とは思えないくらいのリアルさでした。
従姉のベッドで寝ていた私の肩を、誰かが揺り動かしたのです。
目を覚ますと、目の前に死んだばかりのおばあちゃんが立っていました。
おばあちゃんは亡くなる間際にはずいぶん小さくなってしまっていた筈なのですが、
私を揺り動かしたおばあちゃんは、10年~15年前の、まだ元気だった頃の
姿でした。


146 名前:ぐれいとごんざれす[] 投稿日:2001/02/25(日) 04:09
「もう行かなならんで」
そう言うので、私は眠い目をこすりながら、
「じゃあそこまで送っていくよ」と言いました。
おばあちゃんの背中について従姉の部屋を出た時の、手で障った壁の感触も
覚えています。おばあちゃんの後をついて階段を下りながら、私はおばあちゃんの
背中の服の模様や、布の様子を観察してました。死んだのは肉体の筈なのに、
どうしてこうもリアルな服を着ているのかな~と、妙に冷静な頭で考えて
いました。
玄関の靴を履く自分、おばあちゃんが扉を開けて出ていくのに着いて出た時、
外の空気にふれた気配も、ものすごくリアルに感じていました。
扉を出てほんの数歩行ったところで、
「ここまででいいから。これから先には来ちゃダメだから」と、
おばあちゃんは私を制しました。
そうしておばあちゃんが歩いていった先は、この家の先祖代々の墓場のある
山道です。
その後の記憶はなく、気が付いたら、母親に
「おばあちゃんを焼き場に連れて行くよ」と起こされました。
すっかり朝になっていました。

私の父はそもそもこんな話をしようとも、全く信じるタイプではないのですが、
私がこの夢の話をした時は、しんみりと聴いていました。
それにしても私の父は野暮です。
火葬場へ行く前、棺桶の蓋を閉じる前に、父はおばあちゃんの遺体を写真に
撮りまくっていました(←フィルムが入っていなかったというオチ)。

「おとうさん・・どうしたの?」 「いやな、心配してるかなと思ってよ・・

144 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/25(日) 03:55
いい話、ありがとうです。
全然心霊体験ではないんですが、書かせて下さい。

4ヶ月前に父を肺がんで亡くしました。父は医師にガン告知をされ、
その半年後に逝きました。本当に大好きな父でした。
父の病床での心中は、今となっては計り知れませんが、
考えるだけで、つらい思いが蘇ってきます。
しかし1ヶ月前、救われました。
初めて夢に父がでてきたのです。
「おとうさん・・どうしたの?」
「いやな、心配してるかなと思ってよ・・」
「やっぱ、死後の世界ってあるんだ~で、どうなの?」
「あのな、向こうにも人間関係ってのはあるんだ。
 まあ俺も1から出直しだよ。あっちの世界で俺は新入りなんだよ」
「ふ~~ん」

こんな会話を5~6分、夢の中でしたのです。
なぜか私は、あれは本当の父だと確信しました。
理由はないけど信じきれるのです。

丘の上で遊んで、帰り道みんな走り出して、気がついたら取り残 されてて、一人きりになってしまった。

130 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/24(土) 00:15
小さい頃、夏休みに母の実家に遊びに行っていとこたちと遊んだ。
近所の小さい丘だったんだけど、みんな男の子でわたしだけが女。
丘の上で遊んで、帰り道みんな走り出して、気がついたら取り残
されてて、一人きりになってしまった。まだ、昼だし、道は1本道
だから迷う事もないし、ゆっくり歩いてた。そしたら向こうから
和服のきれいな女性が歩いていて、すれ違い際ににっこり笑って
すごく優しげに「おおきくなったね」って言った。暫くあるいて
なにか不思議に思って振り返ったら誰もいない。けれど、怖いと
いう思いが全くせず、誰にもその事は話さないでいた。
高校生になった頃、祖母が亡くなった。葬式が終わって暫くした
頃に、母から、母の母親は実は若くして亡くなっており、父親は
すぐに再婚していた事を聞かされた。だから、亡くなった祖母とは
血の繋がりがなかった事を聞かされた。私はその時まで母と祖母が
そのような関係である事は全く知らなかった。
母は大事にしまってある本当の母親である人の写真を見せてくれた。
 小さい頃道ですれ違った女の人が笑ってた。

私が金縛りにあって目だけ動かすと、ベッド の横に祖母がいる。

124 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/22(木) 16:54
両親が共働きで祖母に育てられた兄。私は祖母の家に行っただけで大泣きしたので
他の人に預かってもらっていた。祖母は私が小学3年のときに亡くなった。それから
一年ぐらいしたときに、夢を見た。私が金縛りにあって目だけ動かすと、ベッド
の横に祖母がいる。二段ベッドの下で寝てる兄をすごく穏やかな顔でみつめてた。
見守るってこういう感じなんだろうなって思っていたら朝になって母に起こされた。
母は私を起こすなり、
「電気は消して寝なさいって言ってるでしょ!」
と、私をしかった。寝ぼけた私は、
「あ、そうか。電気ついてたからおばあちゃんの顔がみえたんだ。」
と思った。覚醒してから、
「てことは、こりゃ夢じゃねえのか?」
などと思ったが、家族が幽霊否定派だったので話しても怒られる
だけだと思い、夢だと思う事にした。
その事をずっと忘れてたんだけど、十何年後のおととしにふと思い出した。
兄が一流企業に就職が決まった日のおめでとう会で。自分でもなんで
今頃?と思ったけど、とりあえず兄に話してみた。
バカみたいに飲んでた兄が急に真面目な顔になり、
「そっか。ずっと会いたいと思ってたけど、そうやって見守ってくれてたんだな。」
と言って涙ぐんだ。おばあちゃんのこと大好きだったもんね。

たいした事無い話で長々とすみませんでした。

なぜ自分は皿なのか、皿ならなぜ食卓にのぼれないのか、料理を乗せたい、皿として働きたい

826 名前:本当にあった怖い名無し[sage] 投稿日:2008/06/12(木) 22:53:38 ID:qNras9tn0

この流れなら言える
俺の婆ちゃんの嫁入り道具は派手な飾り皿だったんだが、婆ちゃんは小さい頃それの声を聞いたらしい
なぜ自分は皿なのか、皿ならなぜ食卓にのぼれないのか、料理を乗せたい、皿として働きたい、
ちょっと派手なだけで皿の本分を果たせないなんてあんまりだ、どんなに扱いが酷くてもいいから使ってほしい
……と、懊悩していたと言っていた


あんたが言ったんだよ、鴨南蛮がいいって

118 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage] 投稿日:2001/05/14(月) 20:06
全然恐怖話じゃないけど、まあこんなこともあったということで。

一昨年の話。父が血の病気になり、入院しました。
わたしは、広告の仕事をしており、自分のマンションにさえ毎日帰れないほどの忙しさで、
父の見舞にあまりいけず、母親にばかり迷惑をかけていたのです。
あるとき、母親から仕事先に連絡がありました。「もう、今夜だから」と言われ、
愕然として、仕事をほうって駆けつけました。
父はそのときもう、昏睡状態でした。手を握り、親父と呼びましたが、返事をしてくれませんでした。
翌朝、父は逝きました。皆が悲しみに暮れている中、自分だけはしっかりとしようと思い、
わたしは親戚をとりまとめ、とりあえず通夜と葬式の段取りを始めました。
仕事ではプロデューサーなので、こういうことには慣れている。
通夜だからといってイベントみたいなもんだと、虚勢を張っていたんでしょう。
叔父などに「お前、大丈夫か」といわれても、「慣れてるんだよ」と生意気なことを言った。
とにかく、涙だけは見せるものかと、淡々と葬儀屋との段取りを進めたかった。
通夜には、友人も、前の恋人も来てくれて、それなりに嬉しかった。
だけど、母親と姉は疲弊していたから、俺が泣いたらだめだ、と思って、泣かなかった。

通夜が終わり、実家に帰り、お嫁に行った姉と、いっぷくしました。
わたしは疲れていたので、お風呂に入りました。ゆっくりつかって、とりあえずまあ、
半分終わったし明日は楽だよな、まあ、いいかなんて思って、じっくり暖まり、出たのです。
するとすこしたって、お蕎麦屋さんがやってきました。どうやら姉が頼んだらしいです。
お蕎麦屋さんがもってきたのは、もりそば、たぬきうどん、鴨南蛮そばが二つ、の計4人前。
姉はわたしの前に鴨南蛮をおきました。「なにこれ?」俺は聞きました。
「お前それでしょ」と姉が言う。
ん?確かに俺は鴨南蛮好きだけど、出前とるなら、聞いてくれたっていいじゃないか。
「なんだよ、声かけて聞いてくれよ、ひとことぐらい」
「声かけたじゃない!あんたが言ったんだよ、鴨南蛮がいいって」
俺はそんなこと聞いていない。些細なことで喧嘩になりました。すると、母親が止めに入りました。
(つづく)



119 名前:118の続き[sage] 投稿日:2001/05/14(月) 20:08
父は飲んべえで遊び人でどうしようもなかったんですが、入院してからは当然控えねばなりませんでした。
そんな父の唯一の楽しみは、時々先生の許可を貰って帰ってきたときに、近所のこの蕎麦屋に出前で頼む、
「鴨南蛮そば」を食べることだったらしいのです。
思い出しました。親父は食い意地もはっていて、わたしが食べ盛りのガキの頃でも、
わたしのおかずを奪ってつまみにするほどの大食漢だった。
きっと父は、今も、俺の声を騙って、姉に食べたいものを言ったんでしょう。
「鴨南蛮がいい」って。
姉は母に聞いて、父の為にも「鴨南蛮そば」をとった。だから、二つ重なったんだと。
姉は姉で、やっぱ男同士の親子、好みも似るもんね、と不思議とも思わなかったらしい。
なんだか、それを聞いて、おかしくてしょうがなかった。親父、相変わらずだな、おい。
母親が言いました。「お父さん、それが食べたくて食べたくて、しょうがなかったんだよ」
俺はゲラゲラ笑って、じゃあ、親父の分まで食ってやる!と、猛然と食べました。
先生に内緒で食べる、油が浮いた鴨南蛮の、濃いつゆの味。病床の父には、たまらないごちそうだったんだろう。
遊んで遊んで、母親泣かせてた親父が、病床ではしおらしくなって。
食べたくて、しょうがなかった。生きたくてしょうがなかったんだ。

俺は、なぜか、嗚咽していました。声をあげて泣いていた。
母親がいいました。「それでいいんだ、お前が泣かなくて、どうする」と。

以上。無駄に長くてゴメンネ


祖父は高野山で小坊主として幼少時代を過ごした、静かで穏やかな人だった。

122 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage ] 投稿日:2001/02/22(木) 04:02
祖父は高野山で小坊主として幼少時代を過ごした、静かで穏やかな人だった。私は
孫の中でも、一緒に住んでいたこともあって良く可愛がってもらっていた。弟は
人見知りが激しく、私と違って登校拒否を起こしたり、病気がちで、祖父にも私ほど
懐いていなかったと思う。
その祖父が亡くなった後、私は順調にキャリアにも家庭にも恵まれ、幸福な毎日を
おくっていたのだが、弟は暫く暗中模索の時期を過ごしていた。そして暫く経って
本当にやりたいことを見つけ、その道で成功し、いい奥さんを貰って子供にも恵まれて
今は幸福に暮らしている。
そんな弟と最近話していたらふと祖父の話になった。「おじいちゃん、毎日来てくれてたよ」
と言うのだ。どういう意味、と問い返すと、弟が自分の将来について色々迷っていた頃、
枕もとに毎晩の様に祖父が正座しているのだという。何を言うわけでもないのだが、じっと
弟の事を見守っては、小さく頷くだけだったそうだ。
祖父は生前も何も言わなかったが、きっと弟の気持ちがわかっていたんだろう。そして心配して
助けてくれたのだろう。私は祖父に見守って貰い、自分の道を見つけることが出来た弟のことが
羨ましく、誇らしくて堪らない。
でもその一方で、ああ、私の所には一度も来てもらえなかったなぁ、と恨めしく思う気持ちもある。
祖父の姿だったら怖くない。夢でいいから、一度来て欲しい。会いたい。

1人暮らしでただいまって言うのはやめといたほうがいい

821 名無しさんにズームイン! 2018/03/11(日) 16:18:06 TSCxZrGV0
1人暮らしでただいまって言うのはやめといたほうがいい
俺はそれで返事が帰ってきて家に帰れなくなったことがある


853 名無しさんにズームイン! 2018/03/11(日) 16:18:51 m9edIrx90
>>821
いややややぁぁぁぁ


987 名無しさんにズームイン! sage 2018/03/11(日) 16:23:54 8Z8jNWtE0
>>821
レオパレスってオチは無しな


946 名無しさんにズームイン! sage 2018/03/11(日) 16:22:17 E3Nht/r/0
>>821
頭シャンプーしてたら、肩トントンってされたから振り向いたら、
もちろん誰もおらんかったことある

朝、男の人の話し声のようなものが聞こえてきたから目が覚めた

708 風と木の名無しさん [sage] 2013/03/24(日) 23:59:19.74 ID:JDxhehGb0 Be:
朝、男の人の話し声のようなものが聞こえてきたから目が覚めた
男の人の話し声では無く隣で寝ていた猫の寝息だった
昼寝して女の人の話し声のようなものが聞こえてくるから起きてみたら
女の人の話し声では無く隣で寝ていた猫の寝息だった
お前は一体…

僕は祖父にはよくかわいがってもらいましたが、何の恩返しもできないまま逝ってしまいました。

97 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/21(水) 20:40
実際自分が体験した話ですが、去年、祖父が亡くなりました。
僕は祖父にはよくかわいがってもらいましたが、何の恩返しもできないまま逝ってしまいました。
不思議な体験というのはその祖父の葬儀のとき起こりました。火葬場で「拾骨」というのでしょうか?
遺骨を親族で集めますよね。その時に急に肩が重くなりました。しかし、肩こりとかの痛いとかそういうのではなくて、
ただ単に重いというのがそのときの印象でした。ちょうど人一人おぶさっているようなそんな感触でした。
その肩の重みは葬儀の最中続き、お坊さんのお経の最後の「引導」が終わった後になくなりました。
そのときはなんだったんだろ~?ぐらいにしか思いませんでした。

それから、葬儀が終わり、皆で祖父のことを話しているときに、あることを思い出しました。
それは、僕がまだ小さかった頃のことです。祖父のに遊びに行ったとき、僕はよく祖父におんぶしてもらってました。
そんなある日ポツリと祖父が言うのです。
「重くなったなあ、これじゃあもうおじいさんおんぶできなくなっちゃうなあ、今度はおんぶしてもらわないとなあ。」
と、僕もそのときは、
「じゃあ大きくなったらおんぶしてあげるよ。」とこたえました。
結局、その約束は祖父が生きているうちは果たされることがありませんでした。

今ではその葬儀での出来事というのは、その約束のことだったんだなと思っています。

ちょっとした恩返しができたと思いました。ありがとう!!お祖父さん

あの時はお父さんが助けてくれたのよ

95 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/21(水) 19:09
うちの母の話ですが、小さい頃、戦争の被害を免れる為、家族で田舎の親戚のいえに
に疎開したのですが、祖母が小さな子供を7人連れて、初めて降り立った田舎の駅についたのはもう夜もふけていて
田舎なので明かりもなく、真っ暗だったそうです。親戚からは駅からまっすぐ歩けば
家に着くと聞いていたそうなので、とりあえず歩き始めたのですが、行けども行けども
それらしき家は見当たらない。おまけに道が二股に分かれていて、どちらにいったらいいか
わからず、子供達は言うことを聞かなくなるし、疲れた祖母は途方にくれ、道端に座り込んでしまったそうです

その当時、祖父はもう亡くなっていたのですが、祖母は心の中で一生懸命「お父さん、私と子供達を
どうか助けてください」と祈り続けたのです。小1時間位たった頃でしょうか、
二股に分かれた道の一本が、まるでライトで照らされたかのようにパァッと明るく
照らされたのだそうです。祖母は迷うことなくそちらの道を進み始め、その光は
親戚の家に着くまで祖母たちの一歩前を照らし続け、案内してくれたのだそうです。
母はあまりそのことを覚えてないそうなのですが、後々祖母から
「あの時はお父さんが助けてくれたのよ」と聞かされたそうです。

おじいちゃん、お母さんを助けてくれてありがとね。

実家へ行っても、「あんたはどこのお兄ちゃんだい?」と言われる程でした。

78 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[sage ] 投稿日:2001/02/20(火) 17:05
今年の初めに痴呆症だった祖母が亡くなりました。
僕はもう結婚していて実家を出ていた為、祖母は僕の事を最初に忘れました。
実家へ行っても、「あんたはどこのお兄ちゃんだい?」と言われる程でした。
でも、祖母が死に際に僕に向かい「○○・・・ありがとうね・・・」と言ったのです。
さぁ、それからが大変でした。
一体何が「ありがとう」なのか?
孫も見せてあげる事は出来なかった。
兄に比べてヤンチャだった僕は祖母にも良く怒られてた・・・。
その僕に対して何故「ありがとう」なんだろう・・・。
出棺の時に僕は祖母の好きだった相撲の雑誌を入れてあげた。
祖母が大事にしてたヒスイのリングを形見分けで貰って、ペンダントにした。
妻の出産には小さな祖母の写真を持って立ち会った。
子供が退院した日にはすぐ霊前に報告に行った。
で、今思った。
無理やりかも知れないけど、これが「ありがとう」なのかな?・・・・って
祖母は「ありがとう」の前倒しをしたのかな?・・・・って。
生きてるウチにあんまし大事にしてあげられなくってごめんな。
ばーちゃん、ありがとうな・・・。

いいヤツがこんなに若くして死ななければならなかったのだろう?

68 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:2001/02/18(日) 23:24
8年前の話です。
趣味の仲間で、みんなに可愛がられていたとても明るい大学生、
K君が突然自殺しました。 辛い悩みをかかえて、それでも明るくふるまって
いたのが後で分かって、何もしてやれなかった自分に腹が立って泣けました。
個人的には特別親しくしていたわけではなかったけれど、どうしてあんなに
いいヤツがこんなに若くして死ななければならなかったのだろう?
自殺して、成仏出来るんだろうか?と心配でした。
そしてある日、夢を見ました。
自分がスーパーでレジ打ちをしていて(実際はそういうバイトはやっていない)、
そこにK君が客として現れたのです。「えっ?K君死んだんじゃなかったの?」と
言うと、「何言ってるんですか、ホラ足ありますよ!」とニコニコしながら
答えてくれたんです。 「そう、良かった…元気でね!」と言うと、
「ありがとうございます。じゃあまた!」と、ずっと笑顔のままで
去って行きました。 とても素敵な笑顔でした。そこで目が覚めたのですが、
その日は、K君の四十九日でした。きっと、成仏出来たんだと信じています。

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Re:ありがとうございます。

励みになります。

私からもありがとう。


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