ほんわかMkⅡ


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小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。

767 名前:癒されたい名無しさん[sage] 投稿日:2006/11/24(金) 16:36:07 ID:lr8ZW3iq
父の弁当





小1の秋に母親が男作って家を出ていき、俺は親父の飯で育てられた。
当時は親父の下手くそな料理が嫌でたまらず、また母親が突然いなくなった寂しさもあいまって、
俺は飯のたびに癇癪をおこして大泣きしたり、喚いたり、ひどい時には焦げた卵焼きを親父に投げつけたりなんて事もあった。

翌年、小2の春にあった遠足の弁当もやっぱり親父の手作り。
俺は嫌でたまらず、一口も食べずにちょっとずつわけてもらったおかずと、持っていたお菓子のみで腹を満たした。

弁当の中身は道に捨ててしまった。

家に帰って、空の弁当箱を親父に渡すと、親父は俺が全部食べたんだと思い、
涙目になりながら俺の頭をぐりぐりと撫で、
「全部食ったか、えらいな!ありがとなあ!」
と本当に嬉しそうな声と顔で言った。

俺は本当の事なんて勿論言えなかった。
でも、その後の家庭訪問の時に、担任の先生が俺が遠足で弁当を捨てていた事を親父に言ったわけ。親父は相当なショックを受けてて、でも先生が帰った後も俺に対して、怒鳴ったりはせずにただ項垂れていた。



さすがに罪悪感を覚えた俺は、気まずさもあってその夜、早々と布団にもぐりこんだ。
でも、なかなか眠れず、やっぱり親父に謝ろうと思い親父の所に戻ろうとした。流しの所の電気がついていたので、皿でも洗ってんのかなと思って覗いたら、 
親父が読みすぎたせいか、ボロボロになった料理の本と遠足の時に持ってった弁当箱を見ながら泣いていた。
で、俺はその時ようやく自分がとんでもない事をしたんだって事を自覚した。でも初めて見る泣いてる親父の姿にびびってしまい、謝ろうにもなかなか踏み出せない。
結局俺はまた布団に戻って、そんで心の中で親父に何回も謝りながら泣いた。

翌朝、弁当の事や今までの事を謝った俺の頭を親父は、またぐりぐりと撫でてくれて、俺はそれ以来親父の作った飯を残す事は無くなった。




親父は去年死んだ。
病院で息を引き取る間際、悲しいのと寂しいのとで、頭が混乱しつつ涙と鼻水流しながら、
「色々ありがとな、飯もありがとな、卵焼きありがとな、ほうれん草のアレとかすげえ美味かった」
とか何とか言った俺に対し、親父はもう声も出せない状態だったものの、微かに笑いつつ頷いてくれた。


弁当の事とか色々思い出すたび、切なくて申し訳なくて泣きたくなる。


漏れのお袋は中卒。

783 名前:コピペ[sage] 投稿日:05/03/01 11:10:04 ID:JiM0hzma
漏れのお袋は中卒。
貧乏だったから小学校も、中学校もほとんど行かずに家業の手伝いをしていたようだ。
そして食い扶持減らしのために若くして結婚。
それでも「父さんで良かったよ」っていつも言ってた。
自分に学が無いからって、必死で働いて俺を学校にいかせてくれた。
自分のことには何にもお金を使わなかった。
漏れも就職して、もう中堅社員だってのに
出張の度「何かあると困るから」って封筒に金を入れて無理やり漏れに渡してくれてた。
封筒には「○○え」って書いてあった(○○は漏れの名前)
いつも「え」じゃない「へ」だって言っても
「お母さん学がないから…ごめんね」って言ってた。
そんなお袋が癌になった。
もうどうにもならなかった。
隠してたけど気づいていたようだった。
最後まで漏れは親孝行できなかった。
付き添ってやるくらいしか…
なのにお袋、最後に
「お母さんの子に生まれてくれてありがとうね」って言った。

母さん。僕のほうこそありがとう。


子供のころから唐あげが大好きだった。

122 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/14(火) 15:05
子供のころから唐あげが大好きだった。
ある日学校から帰り、急に食べたくなり、母にすごくせがんだ、いつもなら「明日ね」とあしらわれるのだが、その日はあまりのしつこさに「もう、わかった、わかった」とお皿にどっさり作ってくれた。
そして母は買い物に出かけていった。
その帰り母は事故にあった。買い物袋にはまだ
食べ盛りの子供に食べさせるためだろう、鶏肉と唐あげ粉が入っていた。もう二度と味わえないあの唐あげ。


海外にいて、母の死に目にあうことができたのは 母がまっていてくれたんだと思う。

861 名前:あなたのうしろに名無しさんが・・・[] 投稿日:02/06/20 21:02
母が2月亡くなったんだよね。
でもなかなか俺の夢には出てきてくれないんだ。
こんなにあいたいのに・・・

母が病気になってさ、
本当は近くにいてやらないといけないのに、
自分で希望だして、海外(日本の近くね)に転勤しちゃったりして
本当に申し訳ないと思ってる。

でもね、亡くなる前はさ、
体調が悪い時期でも、俺が実家に帰るときはいつも元気なってた。
元気に振る舞おうとかそういうのじゃなくて。ほんとに体調がよくなってた。

亡くなる直前にもさ、危ないかも知れないから
いそいで帰ってこいって家族に言われて、
実家帰ったらうそのように元気になっちゃて。
だから、俺大丈夫だと思って2日だけいて戻ったんだ。
最後も笑って、握手して、頑張るよって言ってくれて・・・

そしたら翌日の午前、実家から職場に電話が入った。
「もうだめかも・・・」って。
でも、その日は忙しくてね、
翌日の飛行機で帰ろうと思って
予約いれようと電話したら「満席」(一日1便のみ)。
当日の2時間後の便ならとれるってことになって、
時間ぎりぎり、無理矢理それに乗って帰ることができた。
もちろん機上では「俺が帰れば元気になる!」と思い続けていたよ。

でもダメだった。最後の時の母の目は一生忘れない・・・
話せなくなっても、じっと俺たちを見つめてたあの瞳・・・

海外にいて、母の死に目にあうことができたのは
母がまっていてくれたんだと思う。
いつもみたいに元気になれなかったかわりに。

続く


862 名前:ごめんね長々と[] 投稿日:02/06/20(木) 21:22
その後、だいぶ落ち着いたよ。
でもさ、最初にも書いたように、
俺の夢には出てきてくれないんだよね。
妹の夢には毎日のようにでてくるのに・・・

そんなある日、妹から電話があったんだ。
「すごいよ・・・」って。
ここんとこ夢にまつわる不思議なことが続いてると言う話だった。

ある夢ではピアノのある部屋で、母親と妹が2人いる場面で、
母が無言でピアノを指さすんだって。
朝起きてピアノを見るとほこりがたっぷりたまっていた。
「ちゃんと掃除しなさい」ってことなんだろねと2人で笑った。

また、月命日で妹が写真の前に「ごはん」を供えて眠ったら、
夢で母と妹とばあちゃん(すでに他界)が台所でご飯作ってる場面がでてきて、
母が妹に「箸とって」ってぼそっと言ったんだって。
起きてすぐ「ごはん」の前に箸供えたらしい。
よっぽどだべたかったんだろうなって2人で笑った。

一番最近見た夢は母と俺と妹と3人で納戸の中を掃除している場面で、
母が俺に「白いタンスを拭いて」って言ったんだけど、
俺は「イヤ」と拒否したんで、妹が「○○じゃあ、あんたが拭いて」
と言われて白タンスを拭いたっていう夢。
翌日妹はどうしても納戸の「白いタンス」が気になったんだって。
納戸に入って「白いタンス」を下から開けてなかを調べてみたら


863 名前:ごめんね長々と[] 投稿日:02/06/20(木) 21:31
続き

その中から父と俺と妹、そして俺の妻にあてた遺書がでてきたんだって。
遺書があることを伝えたかったんだねって2人で泣いた。

遺書は電話越しに妹に読んでもらった。涙が止まらなかった。
そのものはまだ見てない。
郵便事情あんまりよくないからねこの国。
なくなりでもしたら大変だ。

8月は初盆で実家に帰る。
楽しみだ。
母の遺書、そして家族、盆で帰ってくる母にあえるんだから。

https://curry.5ch.net/test/read.cgi/occult/1002357757/

ボロボロの財布と、黄ばんだピン札

856 名前:ピン札[] 投稿日:04/10/05(火) 22:12:13 ID:8LpNhq6D [1/4]
3年ほど前の話・・・

介護職員をやっていたころ、春増さん(仮名)というおじいさんに出会った。
年でもう歩けなく、糖尿やらなんやら・・・
カタコトしか話せないんだけど、意識はしっかりしていた。
他の老人達もいるなかで、なぜか春増さんとよく話をした。
昔足が速かっただの、女にもてただの・・・
早く結婚しろだの、散髪しろだの・・・
あまり長い話は理解できないらしく、毎日少しづつ会話をした。
私の祖父祖母は幼いときに亡くなっていたので、
春増さんの事を自分のおじいさんのように思っていた。

そんなある日
初めて遅刻をした。
バスに乗り遅れ、2時間ほど。
ただの寝坊だった。


857 名前:ピン札[] 投稿日:04/10/05(火) 22:21:26 ID:8LpNhq6D [2/4]
簡単な作業を終え、いつものように春増さんの部屋へ行った。

なにかが違う!?

いつもなら必ず返答してくれるのに・・・
うす目をあけたまま天井をぼーっと見ている。
脈もしっかりしていて、呼吸も正常。
だけど、揺さぶっても何の反応も示さない。
すぐに看護婦を呼びに行った。



脳硬塞だった。





2日後・・・意識はもどることなく
逝った。


858 名前:ピン札[] 投稿日:04/10/05(火) 22:41:44 ID:8LpNhq6D [3/4]
4日後、春増さんの家族が私に会いに来た。
「生前あなたに渡して下さいと言っていました。」
そういって、こぎたない財布を渡された。
中には、一万円札が二枚と五千円札が二枚入っていた。
こういう物は受け取れませんと断ったが
「必ず受け取ってくれ!! 金額の問題ではないんだ!!」
家族は必死だった。
なぜ? どうして? 理由を家族に聞いた。

財布に入っているお札は全てピン札だった。
話によると、子供や孫のボーナスやら初任給やらの時の物らしい
もし自分にもしもの事があった時
せっかくもらった気持ちを返すのは心ぐるしかったらしい
そこでいつもお世話になっている自分に渡すようにと言っていたそうだ。


859 名前:ピン札[] 投稿日:04/10/05(火) 22:50:06 ID:8LpNhq6D [4/4]
泣いた。
仕事中にも関わらず泣いた。
大声で泣いた。

それから1ヶ月後仕事を辞めた。
春増さんとの事いらい、患者とまじめに向き合うことが怖くなった。
普段の何気ない会話でさえもできなくなっていた。

今現在、人の死に関わるような仕事からかけ離れた職に就いている。
逃げだと言われてもしょうがない。

でも、数年たった今でも部屋の机の上には
ボロボロの財布と、黄ばんだピン札が大事にかざってある。


祖母はまるでもう一人の母親のようでした。

727 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2006/09/29(金) 03:50:47 ID:SVuEhgE3
うまく伝わるかわかりませんが私の話を…
私は小さい頃からすごくおじいちゃんおばあちゃん子でした。
電車で30分位の所にすんでいたので、小さい頃から親と喧嘩すると泣いて電話したり、祖父母の家に家出したりしました。
私は一人っ子なのですごく可愛がってくれました。
特に祖母はまるでもう一人の母親のようでした。私が何歳になっても毎日のように電話で「今日は何してたの」「何時に帰ってくるの」
など母親以上に口うるさく言ってくるので遊びたい時期の頃はうっとうしくもありました。
祖母は気持ちは女子高生のように若くて、オシャレだった祖母は、遊びに行くのが大好きで、お金持ちな祖母はしょっちゅう旅行に出かけたり何万もする服をたくさん買ったりしていました。
月に一度位、小さい頃からずっと変わらない習慣は、祖母と二人で買い物にいくことでした。。たぶんイマドキの高校生ならおばぁちゃんと買い物なんて嫌なんだろうけど、私は服を買ってもらえるのが嬉しかったし、マルキューにも一緒にいきました。
私が試着する間、どこにいってもおばあちゃんは店員さんに私の話をしていました。
足が悪いおばあちゃんはいつも杖をついて、階段は私に支えられながら昇っていました。すごく大変そうなのに、「みかちゃん、どっか行こう、つまんなくて気が狂いそう」って電話がかかってきます。
私が短大の二年で、体調崩して留年した時も私はやめちゃおっかなーなんて思ったけど祖母がどうしても卒業だけはしないと絶交っていうから、おばあちゃん孝行だと思っていくことにしました。
卒業のかかった試験の何ヶ月か前から、おばあちゃんが腰が痛いって言い出した。食べ物も食べれないって。
母親が無理矢理病院連れてったら、すい臓ガンだって。しかも末期。
余命半年って、そんなことある?あんな元気なおばぁが。
それからあっという間に入院。食べ物が食べられなくなったおばあちゃんはどんどん痩せて小さくなった。オシャレなおばあちゃんは醜い自分を見られたくなくて家族以外はお見舞いにこさせなかった
あまり話もできなくなったのに、私がいくと卒業と就職のことばかり心配する。クリスマスの日、一時退院させてもらって、親族でクリスマスパーティーをした。
寝たきりのままだけど、ご飯も食べれて、おばあちゃんがたくさん笑ってて、元気になったきがして、すごくすごく嬉しかった。
それから試験が近づいたので私は試験が終わったらすぐにまたお見舞いにいくつもりでおばあちゃんに卒業を報告したかったから勉強漬けだった。
試験の最終日の前日、夕方からお見舞いにいった母親から祖母の体調がわるいので帰りが遅くなると言われた。
心配であいに行きたかったけどそうもいかなかった。帰って来た母親の目は赤かった。
試験が終わったあと、すぐに病院にむかおうと思ったら祖父母の家に来てといわれた。



玄関をあけたら、いつもと違うお線香のにおいがした。


すべてを悟った私は泣き崩れた。
信じられなかった。余命を言われた時から心の準備はしてたけど、なにより何も恩返しできなかったのが悔しかった。卒業も間に合わなかった。ごめんねという気持ちでいっぱいだった。

祖母は最後まで私の卒業の心配をしていたそうだ。

それをきいて本当に涙が止まらなかった。
私にとって初めてのお葬式が祖母になってしまった。お葬式の時、知らない親戚やおばあちゃんの友人がたくさんいて、その人たちはみんな私の所に泣きながら来た。みんないうことは同じだった。


「あなたがみかちゃんね、おばあちゃんはあなたの話ばかりしたのよ。」


涙が止まらなかった。私はしあわせものだと思った。孫が三人もいるなかで、私が唯一の女の子だったからだろうが、私は本当に愛されていたんだ。

おばあちゃんが大好きだったたくさんの綺麗な花に囲まれている祭壇の写真のおばあちゃんは、すごくすごくキレイだった。
おばあちゃん、ありがとう。


兄妹「どっちがパパを愛してるのかって、言い争ってたんだ」

133 :名無し@テケナー:2006/11/03(金) 11:23:56 ID:mNyN4MPc0
ありふれた一般家庭
そこに言い争いをする兄と妹がいた

それを父親が目撃し、止めに入る
父「こらこら、どうしたんだお前たち」
兄「どっちがパパを愛してるのかって、言い争ってたんだ」
父「お前たち…」

うっすらと涙を浮かべ、子供たちの頭をやさしく撫でて部屋を後にした父
するとまた言い争いが始まる

兄「お前のほうだよ」
妹「お兄ちゃんよ!」


帰ってきてすぐに狭い部屋に寝そべると 天井にタランチュラサイズの蜘蛛が張り付いていた。

717 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2006/09/24(日) 17:17:32 ID:f8DZ9hQu
俺は超貧乏で四畳半の部屋に住んでいる。
ある日仕事から疲れて帰ってきてすぐに狭い部屋に寝そべると
天井にタランチュラサイズの蜘蛛が張り付いていた。
俺はすぐに殺虫剤を噴射したが全く効かないし逃げ足が速い。
諦めた俺は無視して寝た。
そして朝起きて、顔にあの蜘蛛が乗っていて
怖くて声もでなかったが次第に笑えてきた。
俺はなんでこんなのに脅えていたんだろうって
それから俺はその蜘蛛に「チャップリン」という名前をつけて仲良くすごした。
エサをあげると部屋中を走り回るんだよなwこれがwww
しかしある日、仕事から帰るとチャップリンがどこにもいない。
そして玄関にあるゴキブリホイホイの中を見たらチャップリンがもがいていた。
そしてすぐにチャップリンを助けたが、足が2、3本もげてしまった・
残りの足を閉じてチャップリンは動かなくなった。
俺は虫相手に初めて泣いた。

https://life8.5ch.net/test/read.cgi/healing/1112099908/

高校卒業式 入院中の父の容態が悪化

706 名前:癒されたい名無しさん[] 投稿日:2006/09/14(木) 18:34:46 ID:SdSDM1IB
高校卒業式
入院中の父の容態が悪化
卒業証書を持ってかけつけるもモルヒネでもう意識はない
呼び掛けても反応しないと聞きつつも懸命に呼び掛けてた
私の声に意識朦朧とする中起きた父の一言

「がんばれ…」


私頑張ってるよ…お父さん…


東京のお嬢さん育ちの母は、田舎にある父の実家が嫌いだったようだ。

61 名前:名無しさん[] 投稿日:2000/03/10(金) 21:58
東京のお嬢さん育ちの母は、田舎にある父の実家が嫌いだったようだ。
私が子供の頃、母と一緒に父の実家に遊びに行った時、
祖父が「帰りの電車の中で食べろ」と言って、わら半紙の紙袋からはみだしそうなぐらい、
たくさんお菓子をくれた。
どぎつい色のついたゼリーや、見たことがないような袋菓子がたくさん入っていた。
電車の中で、私が「おじいちゃんのお菓子食べようよ」とせがんでも、母は無言だった。
東京に着き、駅のホームで母は紙袋の中のものを見ながら、
「何よこんなもの」と言い、袋ごとゴミ箱に投げ捨てた。
それを見て、私は泣いた。母は「もっとおいしいお菓子買ってあげるから」と言った。
私は、お菓子が食べられなくて泣いていたのではない。
孫のために、一生懸命お菓子を選んでくれた祖父のことを思い出して
悲しくてたまらなかったのだ。
お菓子を手渡してくれた時の、うれしそうな祖父の顔。
あの祖父の顔を思い出すと、今でも泣けてきます。
いい話でも食事の話でもなくてごめんなさい。

https://mentai.5ch.net/test/read.cgi/food/951552846/

俺、フラフラになりながら店を出た。もうココには来ないと心に決めて・・・・。

20 名前:名無しさん@4周年 投稿日:04/06/11 17:59 ID:74zJBWuV
昨夜美容院へ行ってきた。
悲壮さを出したくなかったから、「最近薄くなってきちゃって・・」と指摘される前に言った。
そしたら店員「本当ですね(キッパリ)」・・・・・。
てっきり「そうなんですか~?」くらいで曖昧な返しをしてくると思ってただけにアセル俺。
しかし、一度明るいキャラで行こうと決めたからには凹んだ所は見せられない。
「うまく誤魔化せるような髪型ないですかね~?」と俺。
「厳しいっすね(キッパリ)」
もはや瀕死の俺、口数が減る。すると店員、気を使ってくれたのか、話題を振ってくる。
「会社帰りですか?」
まだ学生の俺はさらにダメージを受ける。ここで寝たふりモードに突入。
・・・数十分後、目を開けたら、頭頂部が刈られ側頭部の髪だけだらりと長い
落ち武者状態の自分がそこに。
「この切ってない髪を、こう持ってくるんですよ。隠せるとまではいかないですけど、
 まあ、イイ感じじゃないですか」
俺、フラフラになりながら店を出た。もうココには来ないと心に決めて・・・・。
横のバーコード用の毛は自宅で自分で切りました。

https://that3.5ch.net/test/read.cgi/gline/1086153428/

ある日 料理が下手な母が珍しくオムライスを作ったのである

767 名前:癒されたい名無しさん[sage] 投稿日:04/09/19 22:45:51 ID:cuaPSE7j
ある日 料理が下手な母が珍しくオムライスを作ったのである
俺はそのオムライスを見て
「こんな焦げたオムライスいらないよ。」と言いスプーンを床に叩きつけた
母は俺にこう言った「ごめんね・・・○○」
少し反省しながらも部屋に戻りFFをやったのである

そしてその1週間後 俺は仕事の出張から家に帰ったが
いつもの母の「おかえり」という声が聞こえないのである
俺はこの後 台所で倒れている母を見つけ病院に行き母の死を知らされたのである
ボーッとしながら家に帰り誰もいない静かな部屋を見ていると涙が出そうになった
ふとテーブルを見てみるとオムライスが置いてあるのを見つけた
そのオムライスは冷たくなっていたが今まで食ったどのオムライスよりもうまかった
台所に皿を片付けにいくと卵の割れ殻が大量にあるのを見つけた
その横には玉子焼きの失敗作みたいのが大量にあった

いつも顔にシワを寄せてサスペンスドラマを見ている母を思い出すと涙が出てきた
父が死んだとき母は葬式のときでは泣かなかったけど部屋で母が泣いているのを
見た俺は「もう会えない」ということを思うと釣られて涙が出てきた

今では子供に恵まれ妻と幸せな家庭を築いています。母や父にも子供の顔を見せたかったです


小さい頃、小学校1年か2年の頃かな。家は両親上手くいってなくて 母親は何度目かの家出中だった。

49 名前:悲しい思い出[] 投稿日:2000/03/10(金) 08:55
小さい頃、小学校1年か2年の頃かな。家は両親上手くいってなくて
母親は何度目かの家出中だった。父親もろくに帰ってこない。しょうがなくて
おばあちゃんがたまに面倒見に来てくれてた。そんな或日、夕方7時過ぎた夕飯の時間も
誰もいなくて、私と妹はお腹が空いてたまらなかった。冷蔵庫には何も入ってない。
お金も無い。妹が可哀相だし私も我慢できなくなって、たいして付き合いも無いのに
近所で一番お金持ちの人の所に行って、事情を話した。多分、子供心にお金持ちなら
食べ物が余っているだろうと考えたんだと思う。そしたら英字型の乾パンくれた。
ぱらぱら塩がまぶしてあるやつ。なんだか自分のした事が恥ずかしかった。
その乾パンは明日の事も考えて大事に食べた。20年以上前だけど今でも覚えている。



カールとさつまいも。 彼女の思い出とは切り離せない。

34 名前:カールとさつまいも[] 投稿日:2000/03/07(火) 18:11
小学生の頃よくやってた誕生日会。
仲良くなかったんだけど母親がどうしても呼べという子がいた。
クラスでもちょっと毛色の違う子。
その子からは算数のノートを1冊もらった。
正直どうでもよかったのを覚えている。
それから数ヶ月してその子が、廊下に私を呼び出して
自分の誕生日会をしたいから家に来てと言った。
仲良くないので行きたくなかったが
母とサンリオのグッズを選んで結局行った。

家にはその子以外だれもいなかった。
テーブルに置かれたカール。
ケーキもごちそうもそこにはなかった。
「これ全部食べていいよ」
結局2人で食べたんだけど
その後その子がさつまいもをふかし始めた。
料理するなんて驚いた。だってまだ小2。
慣れた手つきで出してくれたさつまいもは
びっくりするほど美味かった。
ずっと「ピアノがあっていいな」と言われてた気がする。
私は「今度弾きに来ていいよ」とは言わなかった。
帰り道母親がその子を呼べといった意味が
何となく分かる気がした。

カールとさつまいも。
彼女の思い出とは切り離せない。


彼女が昼ご飯食べようとマックに誘ってきた。

7 名前:何を食べたかは覚えてない[] 投稿日:2000/02/27(日) 05:36
彼女が昼ご飯食べようとマックに誘ってきた。
入って食べ終わったあとも彼女はやけにたわいも無い話を続ける。
と突然彼女から別れ話を持ちかけられた。
なんだよおいと憮然とする俺、何故か泣き出す彼女。
周りの高校生がちらちらこっちを見てた。
俺はひたすら飲み終わったジュースの氷をガリガリ食ってたな。


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復調しました。みなさま励ましのお言葉ありがとうございました^^


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