451 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:27 ID:XKuAreIY
みなさんの泣ける話を読んで涙しました・・・。

私も今は亡き祖父(母方)の話をしたいと思います。
祖父は定年するまでずっと小さな駅の駅員をしていました。
昔はかなり怖くて暴力も振るっていたそうですが、歳をとるにつれて丸くなっていったようです。
自分が休みの日などはいろいろ連れて行ったくれたり、一緒に散歩したりしました。
初めて新幹線に乗せてくれたのも祖父でした。
電車のことなら物知りで、あの電車はね~・・みたいなのが口癖のようでした。
そんな祖父は意外に趣味も多種多様でした。ダンスに音楽鑑賞、花や木を育てたりもしていました。
うちの父とのビールを飲みながらの野球観戦が好きだったようです。
父を見て育つことも多かったのですが、そんな祖父を見て育っていったのも事実でした。

しかし、私が歳をとるとほとんど祖父との会話もなく、祖母、祖父の実家に帰るのがいやで、
留守番して会いに行かないこともしばしばありました。
そんな日がずっと繰り返されて、私も高校を卒業して、都会での一人暮らしをすることになりました。

つづく・・・


452 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:48 ID:XKuAreIY
>>451

続きです。

都会での生活にも慣れだして、都会生活が染み付いてきた夏の日、
親には帰ってこないの?とかいろいろ聞かれましたが、都会生活が気に入っていたので、
その年の夏は実家に帰りませんでした。
今思えば、このときにでも帰っていれば少しはよかったのかもしれません・・・。

冬になり、冬ぐらいは帰っておこうと、実家へ帰宅しました。
そのときに母が、祖父たちのいる里へ2泊ほどして行こうという話になったので、
ひさびさに顔を見せておこうと思い、里へ帰ることにしました。

その時に初めて母に知らされました・・・祖父は体調を崩し、がんになってしまいました。
私は驚きながらも、早く会っておこうと思いつつ、里へ帰宅・・・。
そのときに見た祖父の顔が凄くやきつきました。
やせ細って、以前のような威厳みたいなのを感じることが出来なくなっていたのです。
ほんとに家にいて大丈夫なの?ってぐらいの変化にはほんとにびっくりでした。

このとき、祖父は元気なそぶりを見せ、祖母も驚いていました。
いつもはご飯など食べない(がんになってから)祖父が私たちの前では、一生懸命に口にするのです。

さらに、私と父がビールを飲んでいると、私も飲もうかなと祖父が止めるのも聞かないで、
一緒にビールを口にしました。男三人で飲むビール・・・これが最初で最後でした。


453 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/18(水) 22:50 ID:XKuAreIY
>>452

続き最後です。




冬もあけ、私もまた都会生活に戻ったある日、母からの電話・・・祖父の危篤の知らせでした。
あんなに元気なそぶりを見せていた祖父・・・やっぱり無理してたのかな・・・って思いました。
そう考えると、あの日、祖父と会話した事を思い出しました。

それは私の都会生活の話でした。頑張ってるのか?とか久々に二人で話しました。
最後に帰り際、手を振って別れたときの祖父の顔はやせ細った顔がさらにやせ細って見えました・・。

思えば、自分の余命を知ってもなお、私たちに心配させまいと、元気なそぶりをわざと、
見せていたのかもしれません・・・。


その後、まもなくして祖父はなくなりました・・。
男三人で飲んだビールのこと、そして祖父と俺、頑張る!って約束したこと・・わすれません。

おじいちゃんありがとう。






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