468 名前:おさかなくわえた名無しさん[] 投稿日:03/06/20(金) 19:48 ID:r+FPdmEn
リアル消防の時、母を亡くした。ガンにおかされ、3年間ほど入院・退院を繰り返した。
父は仕事が非常に忙しく、家事一切は自然と漏れの担当になっていた。
今の屁垂れな漏れからは想像もできないくらい、しっかりとした消防で、
母の入院中は、見舞いと家事、母の自宅療養中は、母の看護と家事と
とても忙しい毎日だった。
母の「○○ちゃん、偉いね。上手だね」という言葉を聞くのが嬉しくて、
料理に洗濯に掃除に一層発奮する、そんな子供だった。

母が自宅療養中、よくお粥を作っては母は食べてくれた(本当は、ガンで胃を切除
してたから、食べられる状態ではなく、食べたあとにひそかにモドしてたっぽい)が、
ここでホローリくるのは当然なので、今回は父の話。
仕事が忙しく、毎日残業ばかり、顔を会わせるのは週末くらいの父だったが、晩御飯だけは
家で毎晩食べてくれていたっぽい。今にして思うと、毎日消防が包丁・火を扱ってひとりで
料理をするという無謀な状態だったんだが、料理本を見てはいろんな料理を漏れは作った。
父用に置いておくと、翌朝起きた時には、ちゃんと平らげられてた。
どちらかと言うと、無口な方で、そんな漏れの生活について触れることはなかったけど、
ちゃんと漏れが作ったご飯を食べてくれていた父に、今更ながら愛を感じ、あらためてホローリ。

やがて母が亡くなったが、父は漏れの前では一切涙を見せなかった。
母は生前、10歳の年齢差を乗り越え、大恋愛の末結婚したことを嬉しそうに話してくれた
ことがあった。父も母のことが相当好きだったようだ。
きっと泣き叫びたかったに違いないだろうに、そんなそぶりは見せなかった。
この時の父の心境を推し量ることは漏れには不可能。
それから、漏れが高校を卒業、大学進学により上京するまで、漏れが作った食事を父が食べる、
そんな毎日が淡々と続いた。

亡くなった母が、漏れのことどう思ってくれてたのか?今は知るスベもない。
父は、どう思ってくれてたのか?恥ずかしくて本人に聞けない。






  1. クラスの可愛い子のスク水の臭い嗅いだ結果。。。
  2. 庭に水撒きをしてたらTシャツ&ショーパンの若い娘が通りかかったので・・・
  3. 看護士の女性陣と合コンやった結果を報告するッ!!
  4. 肛門に24センチのボトルを突き刺した男性 医師「なんで入れたの?」 男性「察してください」
  5. 東北(新潟、青森、岩手、秋田、宮城、山形、福島)に行って驚いたこと
  6. よく行く映画館のフードコートにいるいかにも ホームレスみたいな人にはお金あげてる