967 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:04/04/01 23:02 ID:Ot7aEfsh
うちは弟がちょっと病気持ちで生まれてきて、生後3年ほど入院生活を送っていた。
当然母親が付きっきりの状態。
父は当時海外に単身赴任していたので、3歳の私は父方の祖父母のところへ預けられた。
両親の我慢強い説明もまだ三歳の私には理解できるはずもなく、
明るいマンションの一室から薄暗い古びた一軒家に移され毎日泣き暮らした。
祖母はすぐに呆れて私に構わなくなったが祖父はいつも私のご機嫌をとってくれた。
お菓子や絵本やおもちゃ、当時まだ定価販売だったファミコン、毎日何かを買ってくれた。
それでも私は力がなくたかいたかいをしてくれない、老人特有の匂いをまとわせた小さな祖父がなんだか苦手で
添い寝も絵本読みも断って一人で寝ていた。
友達もなくテレビもほとんど映らない、食事も母が作ってくれるものとは違う。
そんな日々を幼心に毎日呪っていた。


968 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:04/04/01 23:02 ID:Ot7aEfsh
高校生になって祖父が他界し遺品整理をしていた時祖父の日記が見つかった。
通常の日記とは別に、布張りに転地が金箔の高級そうなノートが三冊。
細かな字で連綿と綴られた私の育児日記だった。
毎日毎日何時に起きて何時に昼寝して何時に寝たかまで詳細に記してある。
私のおもちゃを買うたびに減っていくわずかな年金の残高を心配する記述もあった。
最後のページはひときわ力強い字で「○○(私の名前)よ、誰よりも幸せに生きてゆけ」で〆られていた。
涙が出た。
老後ののんびりした生活に突如押し付けられた子供を育てるのはどんなに大変だったろう?
母乳も吸えない弟にかかる医療費を母に送金しながら私にもおもちゃを買うためにどれほど節約しただろう?
私は、祖父に育ててもらった三年間に笑ったことが何度あっただろう?

私も社会人になり、通帳残高が少なくなることの意味を身を持って体感した。
今、祖父が生きていてくれたら、月に数万でも送金してあげられたのに。


969 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:04/04/01(木) 23:20 ID:m84WUTnT [6/7]
>>967
涙が出た。
「後悔先に立たず」ってまさにこのことだね。
でも、あなたがおじいさんの気持ちに気付いただけでも
おじいさんは「これまでの苦労が報われた」と思ったんじゃないかな。
今のあなたを見てきっと喜んでるよ。


978 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:04/04/02(金) 07:04 ID:74+lk8yH
>>967-968
私も少し似た経験があるので、身につまされて涙が出た
お互いおじいちゃんの為に拝もう
お坊さんが誰かがその人の為に拝む度に、その人の魂が高い所に行けるって言ってた