375 名前:癒されたい名無しさん[sage] 投稿日:2015/12/31(木) 00:01:39.02 ID:wdq8OKqK
震災の時の話。鉄道ファンの間では有名な話だが、それ以外にはあまり知られていないと思うので。
震災が起きて太平洋側ルートが寸断されてしまった時、冬の寒さが厳しい中、ストーブが使えない等で困っている東北の人達を助ける為、JR貨物とJR東日本が協力して震災後すぐに日本海側ルートを使って緊急燃料列車を走らせた話は新聞等でも取り上げられた。
しかしこの燃料輸送列車を走らせる際に、一部の列車は電気の通っていないいわゆる「非電化」の区間を通らなくてはならない列車もあった。
当然横浜や東京から出発した電気機関車では電気の通っていない路線は通れない。
かと言って電気が無くても走れるディーゼル機関車は東北・関東・信越周辺にそんなに沢山は置いていない。また沢山燃料列車を走らせる為に機関車も沢山用意しなくてはならないがそれにも数が足りない。
当時は一体どうなるのかと思われた。


376 名前:続き[sage] 投稿日:2015/12/31(木) 00:02:38.07 ID:wdq8OKqK [2/2]
しかし数日後、そこには東北へ向けて走る沢山のディーゼル機関車の姿があった。そこにはもちろん東北や新潟で活躍してる機関車も使用されたがそれに混ざって、所属の車庫が鷲別(北海道)、愛知、吹田(大阪)、門司(福岡)と書かれた機関車があった。
東北を救う為だけに遠くは北海道・九州から機関車がはるばるやってきたのだった。例えJRになってバラバラになっても元は国鉄。「線路は続くよどこまでも」まさにそれを実感した時だった。
阪神大震災で関西の鉄道が不通になってしまった時、車両不足の関西の輸送を助ける為にはるばる秋田からディーゼルの普通列車車両が送られて地元の通勤・通学に一役買った事があった。
大阪から来たディーゼル機関車は「あの時、関西は東北に助けられた。だから今度は自分達が東北を助ける番だ」とまるで恩返しをしているようにも見えた。その後、その機関車達は役目を終えるとそれぞれの所属する車両基地へ帰っていった。

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