708 名前:名無しさん@お腹いっぱい。[sage] 投稿日:2007/11/20(火) 12:56:21
依稚御都【いちおつ】

三国時代、呉には依稚(いち)と言う大工がいた。ある時、大将軍・陸遜の命令で依稚が作った
州麗(すれ)という町を見た呉皇帝・孫権は感嘆のあまり
「御都(おつ。長安のこと)のようだ」と漏らしたという
そのことから、素晴らしい物を作り上げた者に対して依稚御都と声をかけるようになった
一時は絶滅しかけた風習であったが、現代日本のネット上で「>>1乙」という形になって
蘇ってきている

民明書房「ねぎらいの言葉百選」より抜粋


『煮解賭 ( にげと ) 』

明朝末期、中國北東部の男達の間で、素麗建(すれたて)なる遊びが流行っていた。
先端に旗をくくりつけた棒を地面に立て、合図と共に棒に駆け寄り旗を奪い合
うという、己の機敏さを誇示する遊びであった。
やがてこの遊びに飽きた者達が、毒草を煮込んだ煮汁を飲み、その解毒剤を旗代
わりにして奪い合うという遊びに発展させた。
命を落とす者が続出したが、戦いに勝利したものは英雄として賞賛され、朝廷に
仕える者を輩出するほどであった。
この毒草の煮汁の解毒剤を賭けた闘いは「煮解賭」と呼ばれ、時代を左右する
勝負の場でも競われてきた。
己の肉体を誇示する機会の少なくなった現代社会においては、インターネットでの
「2ゲット」と形を変えて、現代人が機敏さを争っているのである。

民明書房刊「できる!これであなたもイソターネット」より