525 名前:長いけど書かせて[] 投稿日:04/04/23 18:47 ID:xAV6WrvF
家庭の事情で、当時12歳の私は京都の伯父宅に預けられ
母は地元でもある九州で一人暮らしする事になった。

毎日毎日、私の顔を見る度に叔母は母の悪口を言うので
泣きながらいつも公衆電話から母に
「もうイヤだ、お母さんと一緒に暮らしたい。」と
泣き言ばかり言っていた。
母は黙って聞いてくれていたけど、掛けてくれる言葉は
「ごめんね、もう少し待って」ばかり。

物心ついてからの家庭の都合、叔母の嫌味
ストレスが積もり積もってしまい、ある日、母の「ごめんね」を聞いた時

「何でいっつもガマンばっかり!!!
こんな目に遭うんなら生まれてこなきゃ良かった!!!」


526 名前:長いけど書かせて[sage] 投稿日:04/04/23 18:47 ID:xAV6WrvF
思い切り大声で怒鳴り、受話器を叩きつけるように置いて
電話ボックスの中で泣きじゃくった。
それから、母に愚痴の電話をするのはヤメた。
叔母の嫌味も「バカの戯言」と、聞き流した。

預けられてから3ヶ月、生活も安定したので…と
母が九州から迎えに来てくれたので、母と九州へと帰った。
九州に戻ってからも、母は朝から晩まで働き通し。
私は一人でいつも留守番をしていた。

「まあ、嫌味言われて生活するよりかはマシだな」と思い
何気なく部屋を掃除していると、一冊のノートを見つけた。
表紙には『日記帳』と母の字で書かれている。
ペラペラっとめくってみると、家計簿と一緒に一言メモのように
その日の気持ちが書かれてあった。

○月○日 ×(私)から電話。可哀想に、また泣いていた。
○月×日 兄ちゃんの家に電話。×が出てくれたらいいけど、義姉さんが出た。
○月△日 ×と一緒に暮らしたいけど、不自由な思いをさせたくない。

日記全てに私の名前が入ってある。
勝手に悲劇のヒロインになって、母を責めた自分が情けなくて
母の辛さを一つも判らなかったのが本当に悲しかった。
あれから10年以上経つけど、未だに思い出しては胸が苦しくなって
イイ年こいてバカにされるかもしれないけど、母に抱きつきたくなる。