861 名前:1/2[sage] 投稿日:04/09/08 18:56 ID:0A92Pm3l
長文乱筆失礼します。

小学校3年~の頃、近くにボロボロのアパートがあった。
大学生向けのアパートだったんだが、台風で共同風呂があった棟が壊れ
そのアパートは一つを残して壊されて、結構広い空き地になった。
そこのアパートには大学生のお兄さんが1人だけ住んでいて
大家もその大学生が卒業するまでは続けるという事だったらしい。
 そこの空き地で遊ぶ事は許可されていて、近所に小さな公園しか
なかった私達にとってそこはサッカーでもなんでもできる楽しい場所だった。
 大学生のお兄さんも優しい人で町内会の掃除とか見回りとかにも顔を出す人だった。
ボールが飛んでいってガラスが割れてもお兄さんが直して、大家に謝るだけで済んでいた。
凄く工作が得意なお兄さんで手作りのブランコとか、屋根付きのベンチとかを壊したアパートの廃材から作ってくれて
その空き地は町内の憩いの場のようになっていった。
夏はプールに連れて行ってくれたり、夜は多数の家族で集まって花火もしたし、勉強も見てくれた。
親と喧嘩して家を飛び出した時は夜中までくだらない話につきあってくれて家まで送ってくれた。
裏にはドラム缶風呂が作ってあって何度かいれてもらった。
丁度九月のこの時期は表で七輪でサンマを焼いて食べていて(別にガスが無かったわけじゃないのだが)
それがまた美味しく、何度かご馳走になった。
広場に作ったベンチでは皆で将棋を教えてもらった。
親から時折肉じゃがとか果物を「お兄さんに」と渡されて、お兄さんは「栄養補給ができるー」と喜んでくれた。
なんというか昭和30年代を思わせるレトロな雰囲気が大好きだった。


862 名前:2/2[sage] 投稿日:04/09/08(水) 18:57 ID:0A92Pm3l [2/3]
そんな楽しい日々は徐々に終わりを告げていった。
ある日、いつものように尋ねていくと、お兄さんから就職も卒業も決まって出て行く日が決まったとのこと。
それから後ものんびりと過ごすが、やがてお兄さんが出て行く日はやってきた。
私は気丈に振る舞っていたけれども引越しのトラックが出るまで女の子とかは大声で泣いてお兄さんも涙を流していた。

それから直にアパートは取り壊され、やがて小奇麗なマンションが建った。
私は大学生になり一人暮らしをしているのだが、とてもあのお兄さんのようにはとても出来ないと思った。
実家に帰る時にそのマンションの前を通る。
そこからはサンマと醤油の焼ける匂いはしてこなかった。

https://life5.5ch.net/test/read.cgi/kankon/1087013773/