37 名前:美麗島の名無桑 :2001/07/26(木) 22:08 ID:???
花蓮という台湾東部の町がある。9年前、台北から軽い気持ちで、
友人と連れ立って足を伸ばした。 駅前から程近い宿の夕べ、暇を持て余した
僕たちは、夕涼みがてら 散歩に出かけた。

名物のさつま芋のお菓子の店を冷やかしたり、ワンタンのおいしいお店で
小腹を満たしながら、1時間も歩いただろうか。陽は既に落ちかけ、涼やかな風が
心地よく吹き抜けていた。戦前の日本家屋が夕陽に深く染められ、僕は子どもの頃に
戻ったような錯覚をしていた。

宿への帰り道、友人が、「おい、ちょっと見てみろよ」と、ふいに声をかけた。どうも
印鑑の店らしい、日本語で、「印鑑スグデキマス」と書いてあった。友人は、「ちょうど
いい。ここは大理石が名産なんだ。造ってもらえよ」と言い、僕の腕を引っ張った。

店では、中年の店主らしき人が、汗を拭き拭き、刻印の作業に打ち込んでいた。友人が
台湾語で声をかける。店主は僕に微笑みかけ何ごとか尋ねる。僕は日本語で答えた。
「すみません・・・印鑑が欲しいのですが」。
店主の表情が、何とも言えない笑みと、緊張を湛えた。やがて耐え切れぬように、

「日本人の方ですね」。
「はい、そうです」
「日本人の方、いまは来ない。お父さん、私のお父さん、とても
日本語じょうずだった。日本の、方、いっぱいお客さん、来ました。ハンコ、いっぱい、
造りました」。

僕は印鑑を注文した。大理石のよいものを選び、姓名印と、書斎印を頼んだ。店主は瞳を
輝かせていた。
明日の朝、出立前に届けてくれると言う。宿の名前を告げると、「ありがとう。
お父さん、日本人にハンコ造ってあげられたこと、うれしい。私もいま、日本の人に、ハンコ
造って、お父さんと同じことできて、うれしい」。店主の目はうるんでいた。
花蓮が好きになったきっかけは、この出会いからだった。