55 :名無しさん@HOME:2006/01/22(日) 23:52:01
割り込みます。聞いてください。


俺は厨房になった頃から母親の事を名前で呼ぶようになった。
と言うか、スーパーとかで『お母さん』って呼ぶのが恥ずかしくなっただけなんだが。
そして高校生になり、卒業を間近に控えた頃、母親がボソッと、「あんた、たまには
『お母さん』って呼びなさいよ。」と言った。しかし長年呼んでなかったので恥ず
かしくて、その後も名前で呼び続けた。一昨年の夏、癌である事が発覚し、
母は緊急手術&入院することに、なった。


60 :名無しさん@HOME:2006/01/23(月) 00:00:08
しかもかなり進行していて手術をしても、転移してしまい
去年の正月に医者から余命一年と宣言された。俺は極力毎日病院に通った。
大学も休学して朝から晩まで付きっきりで面倒見た。日に日に痩せ衰えていく母を見るのは、
つらかった。入院前は70㌔を超えていて、かなり太っていた時から考えると想像も
つかないくらい痩せた。夏の段階で30㌔前後になった。毎日病院に通う俺を見ながら母は、申し訳なさそうに
「ありがとう」と「ごめん」を繰り返し言った。元来口達者だったので最期まで小言は、
絶えなかった。そしてそんなある日再びボソッと


65 :名無しさん@HOME:2006/01/23(月) 00:07:06
「最期まで『お母さん』って言葉聞けれんかった」と言った。俺は心が痛んだ。
でも、やっぱり恥ずかしくて『お母さん』の一言が出なかった。
それから一週間ほどたったある日、午前中まで調子のよかった母が、急変して危篤状態になった。
家族全員が集まった。いよいよ最期って時に母は、何か喋ろうとした。お医者さんは、
呼吸器を外して「聞いてあげてください」と、言い母は、絶え絶えに喋った。

「お…じい……ちゃん、おばあ…ちゃん、先に…死んで……ごめん。
お父…さん、後…追い…自殺なんか………したら…許さな…いから。


66 :名無しさん@HOME:2006/01/23(月) 00:15:02
〇〇(俺の名前)…あんた…を…産んで……本当…に…よかった」
俺は母の手を握りしめながら泣いた。そして『お母さん』と二回呼んだ。なぜ、急に
『お母さん』と呼んだのか自分でも分からなかった。母は、俺を見て少し笑った。そして、
『あ……り…がと…う』と言って一筋の涙が頬を伝った。そのまま息を引き取った。
俺は、本気で泣いた。壊れるぐらい泣いた。父さんが俺の肩を抱きかかえたが、俺は、
泣き続けた。俺は母に全く親孝行ができなかった。しかし最期の笑顔は、今まで俺が
見てきた母の笑顔の中で最も優しい笑顔だった。