128 名前:大人の名無しさん[] 投稿日:04/10/15 13:41:26 ID:FZjOXDM3
小学校の頃、ハッキリと医者から「一生付き合っていく病気だから」と言われた。
すごく悔しかった。正直、親を恨んだりもした。
自暴自棄になり、心身ともに荒れた。
高校の頃だったか、肩の湿疹が酷くなり掻き毟る毎日だった。
掻く→出欠→膿む→掻く→拡大の悪循環。学ランに染み出るくらいツユが出た。
トラに引掻かれたように縦に裂けた傷口が無数に出来た。
夜も寝られるものじゃなく、死にたいと思う日々が続いた。

ある夜、風呂上りに隠し通してた両肩の傷を母親に見られた。
薬を塗ろうとしている所に急に部屋に入ってきた母親は、「どうしたの!」と血相を変えて寄ってきた。
説明するのも面倒くさくて、はやく追っ払おうとしていた。
それでも母親は察したらしく、救急箱を持ってきて赤チンを塗り始めた。
嫌がる俺を制し、「いいから、まず傷を治すぞ」と塗り続ける母親。
いままでそんなことなかったから、気恥ずかしかった。

両肩の傷への塗薬が終わる頃、母親が口を開いた。
「こんな体に産んじゃって、ごめんな」
声が湿っていた。明らかに泣いていた。
いつも煩いほど明るかった母親。
こんな声は聞いたことなかった。
泣きながら赤チンを塗り続ける母親に俺も涙した。
「ごめんな、ごめんな」と言いながら赤チンを塗る母親に、
俺も「大丈夫だから。大丈夫だから」と泣きながら返すのが精一杯だった。

この時の事は、今でも鮮明に覚えている。
この時の母親を思い出すと、自身に落ち込んでる暇はねえ。
ありがとな、おかん。