55 名前:大人の名無しさん[sage] 投稿日:03/03/09 02:26 ID:YXtPQ+d2
昨年の話だが、俺の婆ちゃんが入院した。
もう80才近くで結構ぼけも入っていた。
次血圧が下がったらやばいかも、と言われていて、
いざというとき用に喪服も買っていた。
正直小さい頃婆ちゃんとよく遊んだらしいが
あんまり記憶もなく、中学くらいで親が離婚して
父と離れて暮らすようになってからは(父方の婆ちゃんだったので)
顔も合わせていなかったので、そんなにつらくはなかった。
見舞いに行っても俺の顔を見ても不思議そうな顔をしていた。

ある時具合が悪くなり、もしやということで親戚中に連絡が行った。
俺ももちろんかけつけたが、どうやら持ち直したようで、
親戚中が安堵して婆ちゃんの前で談笑していたとき。
親戚の誰の顔を見ても何も思い出さなかった婆ちゃんが、ふと俺の顔を見て
「三味線は?」
とはっきりつぶやいた。
俺達は驚いた。
いったいなんのことかと俺と俺の家族以外は
うろたえたが、俺たちにはわかった。




56 名前:大人の名無しさん[sage] 投稿日:03/03/09 02:37 ID:YXtPQ+d2
俺がまだ小さかったとき(確か幼稚園)
なにか楽器を習わせようと親が婆ちゃんに相談した。
婆ちゃんは琴をひけるひとだったので、三味線を○○ちゃんがひけたら一緒に演奏できるから
と言う理由で三味線を薦めた。
それから約10年くらい、
親の離婚でゴタゴタするまで俺は三味線を続けていて
そのときまで正月婆ちゃんにあったときは嬉しそうに
どれくらい演奏できるようになったのかと聞いてきていたっけ。
当時俺は実は古くさい三味線がイヤでイヤでしょうがなかった。
引っ越しのどさくさで辞めることができて嬉しかったりもした。
あれ以来三味線に触っていないし、思い出すこともなかったが
婆ちゃんがそのことだけを覚えていたのかと思うとなんだか無性に涙が出た。

「まだやってるよ」
と俺は嘘をついたが、もうそのときには
婆ちゃんはあらぬ方向を向いていた。
生きてるうちに婆ちゃんの前で弾いてやらなくては、と
慌てたが昼食を取っている間にばあちゃんの様態が急変した。
今更焦ってももう遅かった。
その日の夕方婆ちゃんはいってしまったが、
何故ばあちゃんが俺の三味線を聞きたがっていたことを思い出して
弾いてやらなかったのか、今でも悔やまれる。
葬式の日に婆ちゃんの家に行くと小さい頃遊んでもらった記憶が
とにかくいろいろ思い出されて、涙がとまらなかった。
そういえば俺が三味線をやっているから婆ちゃんは俺をひいきして
お年玉が少し多かったりもしたんだ。
あれだけ泣いた葬式も初めてだった。

で、仕事が落ち着いてきたのでまたはじめようかと思ってる。
感覚を取り戻したら仏壇の前で弾いてやろうと思う。